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2014年01月のエントリー一覧

  • 慰安婦

     古本屋さんにはいつもお世話になっているが、我々の間にはかなり大きな見解の相違がしばしばある。古本屋さんはそれを認識したうえで、ぼくの発言権を尊重してくださる。何よりもこのことに、大きな感謝をささげたい。 ブログというのは発言の場としては怖いところで、知識不足を責められるなら正当なことだが、発言権自体を否定されかねない。それを背負う覚悟が要る。 そのうえで、慰安婦問題への異論を述べたい。 旧日本軍...

  • 資本論 2

    「資本論」を読みはじめてはいるが、雑事や他の関心事で忙殺されて、はかどらない。やっと、貨幣のあたりをうろついている。  第1章は二つの翻訳を読み比べた。こうするとかなり理解が進む。語学を習得しなかったせいで翻訳で読まねばならないのはハンディである。 欧文は主語の直後に述語が来るので、そこで言わんとすることがまず示される。そしてその後にその具体的内容が、コンマに区切られつつ、ひとつのセンテンスとして...

  • 都知事選

     おおかたの左翼人士の見解にあらがい、またいまさら言っても手遅れのことを言う。ぼくは間違っているかもしれない。だがこれがいまの時点でのぼくの考えだ。 都知事選を原発問題での都民投票とする選択肢はありえたと思う。 議会選と違って知事は一人しか選べない。敵が一人か、あるいは二人以上でもその政策に著しい違いがない場合には、負けると分かっていても対立候補を立てることで選択肢を示すべきだ。だが二人の候補の公...

  • 「マルクスは生きている」訂正

     前回、不破哲三「マルクスは生きている」について以前に書いたものを掲載した(すでに古本屋さんに転載されてしまった)が、今回読み直すと不具合な個所がある。この文章は思っていたほど昔のものではなく数年前のものらしいが、まちがえているところがあるので訂正する。 バブルのところである。その最初の行からして意味不明だ。「恐慌とはバブルである」とはどういう意味なのか、不破哲三は本当にこんなことを言ったのかとい...

  • 不破哲三「マルクスは生きている」

     古本屋さんによると河村さんがこの本を読んでいるらしいので、何年か前に書いた書評を掲載します。あまり参考になる内容でもありませんが。読んだのも書いたのもかなり前なので、現在のぼくの認識とは少し食い違うかもしれません。  不破哲三「マルクスは生きている」 コンパクトにたくみにまとめたマルクス紹介。マルクスを緻密に読みこなしている。彼は学者になるべきで、政治家になるべきではなかった。 基本的には、すで...

  • 労働者の権力

     しばらく書かないつもりだったが、昨日の文章が無意味すぎるので、少し付け加える。 労働者の権力という言葉の無内容性が気になるのだ。この言葉を掲げて成立した過去の政権は、例外なく共産党、ないしその中の一グループ、もしくは一個人の独裁となった。言葉を掲げることは少しもその実現を保証しない。その国家の経済は国家資本主義、政治は封建的独裁である。 昨日引用したマルクス主義同志会の面々はそれを認めている。日...

  • マルクス主義同志会「海つばめ」

     古本屋通信転載1月22日№646の上記文章(複数の著者による。全体はべらぼうに長い)を走り読みした。その内容は時代錯誤に思えて、とてもついていけない。これが左翼だとしたら、ぼくはいままで自分を左翼の端くれだと思ってきたが、もはやそれを返上せねばならないだろう。2000年ころのものらしいが、ぼくには百年前のものに思える。現実に目をふさいで書いているとしか思えない。こういう人が今でもいるのだということは知るこ...

  • 「ゴータ綱領批判」批判への批判

     いま読むと、「さざ波」中の表題記事はあまりたいしたものじゃありませんでした。「さざ波」はいっぱい記事があってどれが読むに値するものかわからない。そこらへんがブログの限界でしょうか。...

  • 不破綱領批判への注の追加

    「不破綱領批判」の17章に次の注を追加する。なお、この注は当文章を「さざ波通信」に投稿した去年10月に付けたものであるが、このブログの文章には付いてなかった。今回、古本屋さんが「さざ波」から転載された論考(1月22日 №647)には、このテーマに関するもっと全面的で鋭い批判がある。当該論考を「さざ波」から見つけることができなかったが、同テーマに関して『「ゴータ綱領批判」批判への批判』として数多くの文章がある...

  • 小林秀雄、ドストエフスキー

     数年前に小林秀雄の「ドストエフスキイの生活」を読んだ。宮顕を読むなら秀雄も読まねばと思って何十年か前に買いながら読んでなかった本で、古い文庫本なので活字は小さいし紙は黄ばんでいるしで、老眼が進んでいる身には大変読みにくかった。 めちゃくちゃに長い序文で延々と唯物論批判をやる。ふむ、こういう方向からドストを取り上げるのかと興味がわく。ドストは若い時分社会主義に共鳴し、のちにはこれと闘ったのだから。...

  • 芥川龍之介と「『敗北』の文学」

     古本屋通信を毎日読むので、そこの記事が何かと気にかかる。時事問題は、ぼくの見解がよほど孤立していると感じない限りは、ほかの人に任せる。だが文学の分野では多少言いたいこともある。とはいっても個人的な雑談に過ぎないが。 ぼくが芥川を読んだのはかなり遅かった。したがって「『敗北』の文学」も遅かった。たぶん30前後だと思う。去年芥川をいくつか読み直し、「『敗北』の文学」も読み直した。 初読の印象は、古本屋...

  • 藤中正義と横畑さん

     1月9日に、古本屋さんが「方法の問題」と題して書かれたなかで、藤中正義の「サルトル思想の深層構造――実存的人間学の試み」にふれられたとき、あとで書こうと思ってそれきり忘れていた。いま思い出したので書く。 この本をぼくはたしか、当時「まがね」で「書かずの横」を自称していた横畑さんからもらったのだと思う。お二人の間に交友があったのだと記憶している。88年の「まがね」18号で、この本について書いた。 本の内...

  • 笹本さんへ

     笹本さん、経済問題への初めてのコメントありがとうございます。高原、植田両氏の論議にぼくが不十分な知識で少しかきまわしたところへタイミングよく登場していただきました。ぼくは不勉強でわからないことが多いのでしばらく抜けます(たぶん)。当分、読書に専念します。あとはみなさんで論議を発展させていただくようお願いします。何も書かなくてもコメントはすべて読ませていただいています。...

  • 剰余価値についての訂正

    「サービス、剰余価値」(1月16日に書いた最初の文)に誤りがあったので訂正します。 自営業者の利益を剰余価値としたのは誤りでした。自営業者は自分の作ったものを交換しますが、それは同じ価値のものと交換するのです。もちろん、彼の生産性が同業者より高い場合は、社会的平均価値で売ることによって、彼個人の価値より高く売れます。その他いろいろなケースがある(価格を実際に決めるのはあくまでも市場だから)。しかしそ...

  • 価値

    「資本論」冒頭を再読しただけで書くのは命知らずかもしれませんが、とりあえず冒頭部分で理解できる範囲で書きます。 植田氏「サービス労働によって生産された価値を担うものは何なのか」 とりあえずそれはサービスそのものです。それは生産されると同時に消費されていますが、消費されるのはサービスに限ったことではありません。すべて商品は消費されるためにあります。消費されれば消えてなくなります。ただ時間差があるだけ...

  • サービス労働についての訂正

     植田さんの今日のコメント読みました。ぼくが今頃になって疑問に思うようなことは、とっくに何十年も前から世界中で論議されていることなのですね。 ところで、昨日の自論を少し(少しというか、結果的には大幅になのですが)修正します。 マルクスからのサービスに関する引用の直前に次の引用があるのを見落としていました。「資本家が自分の個人的消費のために買う商品は、生産的に消費されるのではなく、資本の諸要因にはな...

  • サービス、剰余価値

     労働市場が正常に機能している社会では、同一のサービスに対しては同一の賃金または料金が払われ、かつ同一の賃金が受け取られねばならない。 ここに3種類のサービス提供者がいるとしよう。A  享受者に直接雇われてサービスする者(女中、自家用車のおかかえ運転手など)B  自営業者(散髪屋など)C  享受者とは別個の雇用者に雇われて享受者のためにサービスする者(散髪店勤務の散髪職人、女中紹介業者に雇われている女中...

  • 交換について

     交換の端緒について考えていると頭が痛くなるが、いまの時点で言えることは多くない。 交換はその前提として分業を必要とするが、分業は必ずしも交換を必要とはしない。 家族内分業はそもそもからあった。これは人間が育児に長期間をとられるからだろう。妊娠、出産、授乳の能力が女性にしかないので、その延長で育児が主として女の仕事となり、その間、男は食糧調達に出かける。これは分業だが、交換ではない。 鳥は、授乳の...

  • コメントについて 2

     最近気付いたが、このブログのコメント書き込み欄は小さくて、長文のコメントはかなり面倒なことをやっておられるのだろうと思う。添付原稿という形で投稿していただいて、本文に掲載できればよいのだが、電子メールが使えない現状なのでそれもできない。早く直せばよいのだが、生活の実際能力が欠如していて、面倒なことはぎりぎり追い込まれるまでやろうとしない。わかっちゃいるけど、ということで。それとこのブログの体裁か...

  • コメント

     コメントはすべて読んでいますので、同一コメントを2か所に書かれなくて結構です。ただ、コメントを編集された場合にその旨連絡いただかないと読み逃します。...

  • コメント、メール、検索

     高原さんの10日付コメントをたまたま2度開いて、うれしい追加記事があったのを見つけた。以前はコメントをメールに連絡させるようにしていたのだが、編集のつどメールに膨大な記事が載り、わずらわしいので外した。いまは、昨年12月以後メールの送受信が不可能のままなので、連絡させようとしてもできない。コメントをたまたま2度開かない限り、書き換え、追加などに気づきません。できたら新たなコメントで、編集した旨知らせ...

  • 少子化、沖縄

     ジャーナリズムを追いかけるときりがないことになるのでできるだけ無視しているが、今回は二件書きたい。 ぼくはテレビをほとんど見ない。一人暮らしをしていた2年半はそもそも持っていなかった。いまは妻が引っ越してきたのでテレビが一緒に来た。夕食のときにはついている。たいがい7時のニュースだが、しばしばうしろにずれる。 きょう、NHKで、若者が結婚しようとしないので日本の少子化がますます心配であるという討...

  • 高原さんへ 「ノロ鍋始末記」

    「ノロ鍋始末記」を読んでいただいているようで恐縮です。誰も読んでくれないので最初にアップした時から放置していました。2011年の「民主文学」新人賞に応募して見事落選した作品です。枚数制限があって百枚を一字でもはみ出せばはねられるのですが、かなりオーバーしまして、削るのに苦労したのです。その結果、直木の家庭生活を挿入した部分は、前後を一行あけていたのを詰めてしまいました。今回新しい原稿と入れ替えましたの...

  • 資本論

     資本論冒頭に面白い記事を見つけました。(アダム・スミスは労働力の支出を)「ただ安息、自由および幸福の犠牲とのみ解していて、正常な生活活動とも解していない」いったんこう批判したすぐ後で、「もちろん、彼は近代賃金労働者を眼前に浮かべている」と弁護しています。これはエンゲルスによる注です。(岩波文庫1969年版第1分冊88ページ) またこの労働の二面性をうまく表現する言葉が英語にはあるとして、workが使用価値...

  • 植田氏の労働観について

     植田さんのコメントを勝手に本文に移させてもらったのは、少し不満があるからです。せっかく面白い方向に展開してきている、お二人の議論を横から折るかもしれませんが、「労働」はぼくのテーマでもあるので、言わせてください。 植田さんが肉体労働と知的労働とを分けておられるように見えることが、生涯のほとんどを肉体労働者として生きてきたぼくには不満です。 生きとし生けるすべてのものが、ただ生き、子孫を残すために...

  • 植田与志雄「労働について―高原氏に」

     私なりに少し整理させてください。 1.マルクスの労働観に関しての高原さんのコメント181での意見について。  ここから高原さん。         ☆  「マルクスに準拠すれば、マルクスがモノに結実しない労働は生産的労働ではないとしたので、モノに結実しない知的活動は労働とは別物となる。」  これが違います。マルクスは、労働の本源的規定を述べただけで、労働の定義をしたのではない、ということを高原は、178で言...

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