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2013年02月のエントリー一覧

  • 小岩井にて  石崎明子

     きのう頂を雲にかくし 神の不可知を語った岩手山が 今朝秋空に凛と立ち 彫りの深い顔立ちでじっとわたしを見つめる 神は死んだとニーチェは云ったが それならこうして畏敬の念に打たれ 知らず知らず合掌し祈る私は何だろう 自然の侵すことのできない美しさは ときに神ととても近い 岩手の人は朝な夕な 岩手山に祈るのだというーー 踏みしめた足が冷たい 霜のおりた草々が 靴をすっかりぬらしてしまった 冷たい空気...

  • ナベタくん

     今日の朝日新聞で、高橋源一郎(いま一番気に入っている論客)がナベタくんの動画を紹介しています。ひきこもりの、おどおどしたナベタくんが、ある小選挙区の候補者全員の事務所をまわって、インタビューを試み、自ら撮影してアップしています。雑音が多くて聞き取れないし、画面は揺れるし、どうってことない内容なのですが、源一郎はその行為自体に感動しています。「ナベタくん」で検索すれば、「はてなポイント云々」のサイ...

  • 鬼藤千春「掌編四題」

    「駅」 すでに合評で述べたので、かいつまんで書く。1. 子供の書き方はとても良い。2. 言葉の使い方、テニオハを含めて、もう少し丁寧に。3. 冒頭の時間的位置がその描写に反映されていない。(耕一はこのとき子供への「殴りつけたい」ほどの怒りを「やっとの思いで」抑えているはず)4. 若い方から首を切るという会社はないだろう。「匂い」 この作品は冒頭から非常に良い文章でひきこまれた。ところが後半、がらりと文章...

  • 桜 高志「認知症の母」

     実際に本人の口から聞くととても面白い話なのに、どうしてこんな文章になってしまうんだろう。つまりは口達者な人は文章に向かず、文章の書ける人は喋れないということなのか。面白い(単に滑稽というだけじゃなく、人生の深みという意味でも面白い)題材なのである。 これでは芝居とそのト書きである。芝居は人間が演じるからよい。小説には文章しかないのだから、その文章で情景を作りださねばならない。この長さならこれだけ...

  • 野中秋子「小説が出来ない」

     まだ「まがね」のブログには転載していないが、個人のブログで公開したぼくの「石」にそっくりの構造で、最後のセリフがそのままなので驚いた。早く公開しておいてよかった。これを読んだ後では公開できなかっただろう。書けない作家が無理に書くとこういう発想になるのかな。 しかし、これは立派な小説である。まず題名が人を食っていてユーモラスである。随想の調子で始まるのだが、二十代後半にしか見えない五十才のサーファ...

  • 井上 淳「ある婚活の場景」

     短いがたいへん面白い。この人はやはり才能がある。書けない、書けないが口癖だが、書けるじゃないか。こういうものをどんどん書いていけば、いい作家になる。 男と女のセリフの裏を想像して読んでいくと、なかなか含蓄がある。ユーモアもある。こういうものを目差してください。...

  • 田中俊明「滅亡の序曲」

     いつのまにか文章も筋の運びも洗練されており、二年前とは別人のごとくである。日本史への広い知識に裏打ちされていて、違和感がない。 もっともぼくは戦国時代に無知なので、その点については発言権がない。 今回小説になっていると感じたのは、氏真兄妹を主役に配した構想の妙だ。氏真と言えば、ぼくが思い出すのは何十年も前大河ドラマで見た、眉を剃って丸い点をつけ、薄化粧に、狩衣烏帽子姿で蹴鞠に興じ、家康(当時元康...

  • 妹尾倫良「カワセミ」

     この作家としてはたぶん異色作。面白く読んだ。こんな才能もあったのかと再認識した。ただファンタジーを読むような感じで読んだ。  それでもいいと思うのだが、そういう読み方になったのは、作品の現在がいつなのか分からないからだ。征夫と勝香は遅くとも戦中の生まれ、35才のエリカよりはずっと年上だが、まだバリバリ働いていて、製紙工場に戻る話とか出てくるから、45から50才くらい?  1980年代後半の話だろ...

  • 長瀬佳代子「沈丁花」

     いつもながら、よい雰囲気を醸しだす、洗練された落ち着いた文体。笹原という人物に興味をひかれたのだが、後半消えてしまって残念。「身辺整理」という言葉に、充分に生きてきた人の余裕が感じられて、うらやましい思いがする。いま気がせいて生きているぼくの身辺は、いよいよ乱れるばかり。でも長瀬さん、もう満足ですか。「谷間の小屋へ」(48号)や「待つ女」(52号)のようなショッキングな作品をまた書いてください。...

  • まがね54号

     「まがね54号」が出来上がりました。今回短いものが多いけれど、経験の浅い方たちも格段に腕を上げて、いずれも読みやすく、面白く読める作品集です。長たらしくて、読みにくくて、面白くないのはぼくの作品だけですが、これも辛抱して読んでくださるようお願いします。初読の感想を今から書いて、書き終わったものからアップします。再読によって変わる可能性がありますが、初読の印象も大事だと思うので、薄れないうちに書き留...

  • 笹本敦史「わだかまる」(とりあえず初読の印象)

     洗練された文章、筋の運びもうまい。登場人物も、(描写はわずかだが)なんとなく魅力的で、読ませる力のある小説である。楽しませてもらった。 これだけでも短編のありかたとしては十分だと思うがあえて注文を付ける。 読後が何となく物足りない。すごいことになりそうなところでぷっつり切られてしまったような。 最後の2行は読者を混乱させる。これをヒントに解読しなさいと強制されるような趣きがある。だが、読者の読み...

  • 古本屋通信さんへ 1

     拙文転載ありがとう。コメントも心のこもったもので感激しました。日々の文章は読ませてもらっています。過去のものも読みたいのですが、また元気が出てからということで。ご健筆期待しております。...

  • 石崎明子の作品

     15年ほど前、いまは廃刊になった「てのひら」という同人誌に、娘が発表した詩ひとつ、エッセーふたつ、25,6のときの作品です。読み直して気に入ったので、アップしてみました。親の欲目でしょうか、少なくとも、ぼくの文章よりはずっとうまい。書き続けてくれることを願っていたのですが、いまはやめて、芝居に熱中しています。気に入っていただけたら、「まがね」のブログに転載したいと思うのですが。...

  • 音楽  石崎明子

     約束のない土曜日の夜ほど退屈な時間はない。一人で夕食を終え、食器を洗っていると、マダムがやってきて、今夜、英国人の散歩道で花火が上がるのよと言った。メルシ、行ってみますと返すと、うれしそうに微笑んだ。 元オーストリア人の彼女の息が抜けるようなアクセントにも、最近はずいぶん慣れた。はじめて電話をした時は、何を言っているのかほとんど分からず、これが話に聞く南仏のアクセントかと大きな勘違いをして、不安...

  • 白樺  石崎明子

     図書室で勉強しようと思ったのには訳がある。韓国人のスーキョンが、ガラス越しにリスを見たと言ったのだ。 図書室は寮の中庭に面している。奥の方は密林のような有り様だから、リスがいたって不思議ではない。フランス美術史のノートをめくりながら、時折ちらっと庭を見やる。 もう中心街ではノエルのイルミネーションがにぎやかで、オペラ座の前の広場には回転木馬も姿を見せた。ウィンドウの樅の木は店ごとに趣向を凝らして...

  • アンジェーーAngersーー 石崎明子

     土曜日はいつも雨 アンジェの雨は音もなくふる きこえるのは ただ 木の葉のざわめきだけ こまかな雨が 立ち並ぶ家々を 石畳の路地を 木々を しっとりとしめらせていく ぬくもったへやの中で 横文字の小説にかじりついている私 ときおり外を眺めては あした天気になあれとためいきをつく おりしもへやを満たすはショパン 雨のプレリュード そうだな でも雨はきらいじゃない こころが静かになるから 日曜日はい...

  • 古本屋通信のことなど

     ブログ「古本屋通信」本年1月2月の全ページに一応目を通した。たいへん面白かったが、くたびれた。紙と違って画面というのはくたびれる。メニエルを患っているので、長時間画面を見ているとダウンするのだ。印刷すればよかったのかもしれないが、それも手間も経費もかかる。ぼくのブログ上の小説が(特に長いものは)ほとんど読まれていない節があるのもうなずかれる。ネットは長文には向かない。 読んだ限りでの感想。 この人...

  • エッセーと小説、そして2000字小説

     エッセーと小説との間にあきらかな境界はないし、人によっても定義は違ってくるだろう。だから、これはぼくの感じである。 フィクションのあるなしは関係ないと思う。ただ読んだときにエッセー的だなと感じるか、小説的だなと感じるかの違いなのだ。どちらが上とか下とかでもない。すぐれたエッセーもあれば、くだらない小説もある。 言葉にしにくい違いをあえて言葉にすれば、エッセーはどちらかと言えば、文章力だけで読ませ...

  • 小林多喜二「党生活者」

     この作品も45年ぶりである。そのときは、ただ暗くじめじめした作品としか思わなかった。なぜこの作品の才能に気づかなかったのだろう。所詮太宰崩れの能天気な学生の世界と違いすぎた、ということだろうか。 今回びっくりしたのは、その意外な明るさである。決してじめじめした作品ではない。留置場、刑務所、拷問、食うや食わずの生活、といった世界に作者も登場人物もいながら、そしてそういった暗い状況を描きながら、人物...

  • 「石」コメントに

     笹本さん、気に入ってくれてありがとう。ほめられるとうれしいけど、でも批判もほしいな。...

  • 小林多喜二「防雪林・不在地主」

     1928年4月26日「防雪林」脱稿。1903年10月の生まれだから、24才の時である。その年の暮れに「一九二八年三月十五日」を発表。翌年「蟹工船」に続いて「不在地主」を発表。この「不在地主」によって拓殖銀行を解雇された。作中小作搾取に銀行の果たす役割を名指しで書いたからである。 だが「防雪林」は戦後発見されるまで、草稿ノートに埋もれたままであった。「不在地主」はそのノート稿に『「防雪林」改題』と書き...

  • 「じゃ、来月は石だからね」里見が涼しい顔で言った。 里見というのは三年生で、女で、部長で、まあ、美人のうちかな。だからひっかかったんだ。おれは小説クラブなんか入るつもりはなかった。でも小説は嫌いじゃないから、ま、いいかな、と思っていたら、小説を読むところじゃなくて、書くところだったんだ。 題を与えるから2000字で書いて来いという。それもアイウエオ順にやるというんだから、めちゃだ。入学早々、「雨」をひ...

  • 「入会」について

     笹本さん、ご指摘ありがとう。あらためて辞書を引くと、確かに、一定の集団による共同使用というだけで、一村か二村以上かを問うてはいません。ここでは戒能本による解釈に従ったのです。36ページ、「小繋山は小繋村の村山だった。私はここではまだ『入会』という言葉を使わなくてもよいと考える。というのは、東北地方の用語例に従うと、入会とは二か村以上が同じ土地に立ち入って木を伐り草を刈る場所のことを言うのであって、...

  • 野里征彦「こつなぎ物語」感想

     「民主文学」誌、本年1月号から第二部がスタートしたが、とりあえず去年一年間にわたって連載された第一部について感想を述べる。 一言で言えば大変ひきこまれた。実にさまざまなテーマが詰まった作品である。 最初のうち、耳慣れない東北弁が読みづらかった。でも読み進むうち、だんだん慣れてきて、むしろそのリズムが心地よくなってきた。思うに、方言と思って読むのがよくない。「東北語」という独自の言語だと思って読む...

  • 「鐘」改稿4

     数日「鐘」で苦しんでいる。4枚目まで素知らぬ顔で盛り上げておいて最後の1枚でひっくり返してやろうと企んでいるのだが、最後の1枚がストンとはまりこもうとしないのだ。小説て難しいね。まだ不出来だが、行き掛かり上、旧作と入れ替える。...

  • 古本屋通信

     古本屋通信さん、ぼくのブログをリンクに入れてくださってありがとうございます。あなたのブログも面白いのでリンクに入れさせてもらいます。...

  • 「鐘」改稿3

     かなり大幅に改稿したつもりです。2000字に収めるのに苦労しました。これでだめなら、構想ミスということでしょう。...

  • 「民主文学」感想 13年3月号

     たなかもとじ「少年」 佳い作品である。だが、そう感じるのは終わりまで読んでからである。少年がどこからか、いきなり出現する場面で、あれ?とは思うが、まさか「民主文学」の作家がそんな技巧は凝らすまいという思いこみから、少年の語る美談への違和感が、ついてまわるのだ。 そのあと少年の死を暗示する二箇所(15ページ上段末行、21ページ上段6行目)で、さらに、あれ? あれ?と思い、少年がふと消えてしまうところま...

  • 「鐘」改稿2

     笹本さん、「鐘」を何度も読んでくださったそうで、申し訳ないことをしました。「鐘」は公開が早すぎました。いま苦しんで書き直しています。でも、無理かもしれません。構想に無理があったようです。もし、もう少しましなものに仕上がったら、入れ替えます。...

  • 「鐘」改稿1

     「鐘」に少し手を入れました。いくらか読みやすくなったでしょうか。最近、小磯良平の絵画展を見てきました。デッサン力の確かさに唸りました。この掌編はデッサン力の鍛錬のつもりで書いていますが、まだまだ及ばないようです。...

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