・堀田善衛「広場の孤独」 ・「民主文学」18年6月号7月号 ・「犯人は誰?」 矢嶋直武 ・「分断と共同」再々論 ・「分断と共同」再論 ・永澤 滉「分断と共同」(「民主文学」18年3月号) ・大浦ふみ子「燠火」(「民主文学」18年3月号) ・馬場雅史「多喜二を繋ぐ」(「民主文学」18年3月号) ・木曽ひかる「JK」(「民主文学」17年11月号) ・浅尾大輔「中本たか子の心の傷」(「民主文学」17年10月11月) ・とうてらお「四歳の記憶と十二歳の記憶」 ・とうてらお作品への追加 ・大石敏和「お赤飯」 ・渥美二郎「トレンチコート」 ・松本喜久夫「明日も笑顔で」 ・矢嶋直武「源流」 ・「源流」への追加 ・草薙秀一「ランドロワ・イデアルから遠く離れて」 ・水生大海「ひよっこ社労士のヒナコ」 ・ジョージ・オーウェルをもう一度 ・荻野 央[「それから」――愛するということ](「群系」39号)をめぐって ・「樹宴」12号感想   諸山 立(「まがね」同人) ・「民主文学」17年12月号(支部誌・同人誌推薦作品特集) ・こうの史代「この世界の片隅に」 ・ジョージ・オーウェル「1984年」 ・「樹宴」12号感想 ・ジョージ・オーウェル ・「民主文学」17年9月号 後半 ・「民主文学」17年9月号 ・「民主文学」17年8月号 ▼もっと見る

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カテゴリ:批評のエントリー一覧

  • 堀田善衛「広場の孤独」

     半世紀ぶりに再読した。 木沼駿一郎が「零地帯」をくれたので、パラパラとめくっていたら、「広場の孤独」が目に飛びこんできた。 木村陽治「堀田善衛のまなざし」(「零地帯」第2号 民主文学会東京東部支部) 懐かしさで、その論評を先に読んだ。ずいぶん詳しく紹介している。この評者はぼくより10くらい年上のようだが、20歳の時に読んだそうだ。その10年後、ぼくはたぶん20歳をいくつか超えていたと思うが、読んだ。 最...

  • 「民主文学」18年6月号7月号

    「民主文学」の新人賞2作と、7月号の3作と、久しぶりに全部読んだ。「まがね」が一段落ついたから読めた。新人賞2作(新人賞と佳作)については合評したので、「まがねブログ」に要約が載るだろう。 ぼくはどちらもとても興味深く読んだ。文学作品としては梁正志「奎の夢」の方が上だと思ったが、田本真啓「バードウォッチング」はともかく面白さで読ませた。こういう作品は好きだ 合評でも指摘があったが、問題をいろんな角...

  • 「犯人は誰?」 矢嶋直武

     矢嶋さんが、ぼくの「スプーン一杯のふしあわせ」をじつに丁寧に読んでくださり、犯人当てに挑戦して下さった。深く感謝します。 犯人名の当否に触れることは控えるが、かなり的確に作者の意図を察してくださっている。 その上にさらに想像力で小説世界をふくらまして下さっており、作者としてはたいへんうれしい。 今回筆者ご了解のもとにここに紹介する。               犯人は誰?    矢嶋直武 さて、...

  • 「分断と共同」再々論

     この作品を読んでいない人に誤解を与えると困るので、念のためにもう一度書くが、面白い小説なのである。作者の主張も基本的に同意できるのだ。 おもしろいという点で言うと、(ヒントになった事実があったのかもしれないが)基本的にフィクション性の高い小説であるように感じられる。それがかなり読者を納得させる内容となっている。 左翼系の週刊誌の若い女性記者だとか、その同僚、定年後も大学で教えている昔左翼の父親、...

  • 「分断と共同」再論

     自評を読み返してみて、後半部分が伝わりにくいと感じたので、書き直してみる。「今、権力は市民が結束することを極端に恐れているのよ。市民を分断しようとしているのね。小さい芽でも早く潰そうとしているのだと思うわ」 このセリフに実感を持てないのだ。これは主人公の同僚である女性記者の発言だが、ほぼ作者の意見と言ってもよいだろう。 小説全体として語っているのは、「さまざまな意見の違いがあっても、いまはそれを...

  • 永澤 滉「分断と共同」(「民主文学」18年3月号)

     整った文章なのだが、整いすぎていて、小説の文章としては物足りない。タイトルを見てもらっても、どういう文章かは察しが付くだろう。 ところが内容は面白いのだ。文章よりも内容で読ませる小説、というふうに考えれば、文章は気にならなくなる。 30代の女性がいて、<護憲と反権力>の週刊誌の記者である。大手出版社の雑誌部門が分離したのだそうだ。月刊誌なら「世界」などが頭に浮かぶが、「週刊金曜日」かなあ、あれまだ...

  • 大浦ふみ子「燠火」(「民主文学」18年3月号)

     オキビはふつう熾火と書くので、こういう字もあるということは知らなかった。だが話の内容からいってたぶんそういう意味だろうと類推して読んだ。あとで調べると同じ意味だった。 かぐや姫の話である。竹林に生まれ育って、あらゆる男からの(?)プロポーズを拒否して、やがて月へ旅立とうとしている。 だが、このかぐや姫はじん肺である。9人兄姉の末っ子として生まれ、母親はその産褥で月に旅立ち、「おまえのせいだ」と父...

  • 馬場雅史「多喜二を繋ぐ」(「民主文学」18年3月号)

     この人の現代高校生ものを二つくらい読んだと思うのだが、どちらも高校生の会話の部分はうまいと思ったが、全体としては芝居の台本を読まされているような感じがした。 ところがこのエッセーには引き込まれた。 自分の父親と、さらに祖父(母方か)とがそれぞれ多喜二に抱いていたらしいなみなみならぬ関心が、思わぬ形で出てくるところを書いている。本人は身内の話が読者にとって意味があるとも思えないのだが、といくぶん遠...

  • 木曽ひかる「JK」(「民主文学」17年11月号)

     驚いた。この人が新人賞をとった時それほどうまいと思った記憶はないのだが、今回はほんとうにうまい。一気に読まされた。 もちろん男のサガで、週刊誌的興味に引きずられたという面もあったかもしれないが。 しかし、読ませたのはそれだけではないだろう。まず、文章が自然だ。新人賞を取ったことで肩がほぐれたのか、しゃちこばったところがない。だから読みやすい。 オリジナリティは、じつはあるとは言えないのだ。どれも...

  • 浅尾大輔「中本たか子の心の傷」(「民主文学」17年10月11月)

     そもそも中本たか子を知らず、プロレタリア文学を知らず、日本文学も知らず、日本現代史も知らないので、読めるかなと思いながら読んだ。読めた。読ませる評論である。何も知らない人をも引き込ませる力を持っている。 一次資料を丹念に発掘しながらの論述であるから、普通に書くと平板になってしまうところを、いかにも作家の書いた評論だ。構成がうまい。厚みのある文体。ときに脱線して下関界隈の小島に妻と夕日を見に車を走...

  • とうてらお「四歳の記憶と十二歳の記憶」

    「民主文学」18年2月号 久しぶりに「民主文学」誌の掲載作を全部読んだ。(連載は除く)。楽しく読んだ。全体として次のような感想を持った。 1、小説はさまざまだ。いろんな書き方がある。 2、小説は生活を書く。 3、素人作家には職業作家にはない良さがある。 とりあえず各作品をざっと見てみよう。 とうてらお「四歳の記憶と十二歳の記憶」 71年前、満州から引き揚げてきた兄弟が、現在の地点に立って、お互いの記憶...

  • とうてらお作品への追加

     追加「語り口の良さ」と書いたがそれは読んだ印象で、なぜそう感じたのかと考えてみることを忘れていた。いま思うと、それはよけいな感情的な叙述がないからだ。書いたことを、事実とさえ主張しない。記憶である。食い違う兄弟の記憶である。それだけを書く。そこによけいな感情の表出もなく、断罪もなく、理屈もない。でもその時、読者にはすべてが伝わってくる。...

  • 大石敏和「お赤飯」

     1957年の中学3年生の男の子の話。これも作者自身ではないかと推測する。43年生まれくらいだろうか。長崎県である。 長崎市内から、母と娘が隣に引っ越してくる。娘は同級生だ。父親は原爆で死んだ。その勤務先だった会社の社長が、妻と娘を原爆で失い、この母娘に心を寄せる。金銭的援助だけではなく、母親との間に肉体的関係もできたようで、彼が訪ねてくると娘は隣家に来て、彼が過ぎ去るのを待つ。娘は彼に良い感情を持って...

  • 渥美二郎「トレンチコート」

     (矢嶋直武は少し詳しく書きたいので後にまわす) とても短い作品。内容もどうってことないのだが、読後感が良い。これと最後の作品とは現代物。時代的バランスの取れた編集になっている。 いつものジローワールド。主人公は古着屋で素晴らしく気に入ったトレンチコートを見つける。だが高すぎて手が出ない。手が出ないのだが、「買物は未来社会への投票行動」(需要が社会を作る)と考える主人公は未練を残す。おりしも原稿料...

  • 松本喜久夫「明日も笑顔で」

     小説のうまい人だ。エンタメ的だが、エンタメけっこう、面白くてためになれば、それもありだ。 保育園と幼稚園の一体化問題である。 われわれ門外漢が普通に考えれば、一体化は当然のことのように思える。建物も庭も比較的広い幼稚園には園児はまばらで、先生は過剰で首を切られている。一方、フェンス一枚で隣り合った保育園は建物も庭も狭いところに園児がひしめき合い、先生も不足して待機児童が出る。ミスマッチとしか思え...

  • 矢嶋直武「源流」

    「源流」というタイトルが気に入らないと作者にメールしたら、自分も気になっているが、いいタイトルを思いつかないと返ってきた。 書いた本人は案外自分が何を書いたのかよくわからないものだ。書こうとしたものと出来上がったものとが違うということもある。何を書いたかがわかればタイトルは自然に浮かんでくる。 一読者の立場から言わせてもらえば、この小説にふさわしいタイトルは「新米教師の一年」である。そういうのんび...

  • 「源流」への追加

     <創立してまだ4年だろう>と書いたが、これも読み間違いのような気がしてきた。山の中で悪ガキを集めて何年間かやり、しかる後に悪ガキを引き連れて山を下りたのかもしれない。……いやそれではやはりおかしい。この学校はまだ卒業生を一度しか出していないのだ。 悪ガキを一度卒業させ、いまの三年生二クラスにまだ悪ガキが残っていて、町に移動後の最初の入学生がいまの二年生で、これが三クラスで、一年生は再び二クラスにな...

  • 草薙秀一「ランドロワ・イデアルから遠く離れて」

    「民主文学」18年2月号で以下の4氏が座談している。 岩渕剛、乙部宗徳、田島一、宮本阿伎。 少し長いのだが、なかなか面白い。 乙部宗徳が、最近の民主文学の批評が作品紹介に偏っていて、突っ込みが足りないと問題提起した。それを受けて田島一が、――昔こういうことを言った方がいたでしょう。「みんなでいっしょに肩をたたいて仲間内で励まし合いながら、手をつないで沈んでいく、それではいけないのではないか」と―― こう...

  • 水生大海「ひよっこ社労士のヒナコ」

     町内会の仕事も山積しているのだが、寒いので出歩くのが嫌になって、「なるようにしかならない」とあきらめて、「民主文学」の最新号を読んでいる。 北村隆志「文芸時評」 批評家として当然ではあるのだが、この人も守備範囲が広い。エンタメ小説に近年「お仕事小説」というのが流行り出して、これがけっこう楽しめて、しかもためになるというのだ。 水生大海の「ひよっこ社労士のヒナコ」を挙げている。(みずきひろみと打ち...

  • ジョージ・オーウェルをもう一度

     ジョージ・オーウェルの「1984年」への感想は、ネット社会に溢れている。日付を見るとけっこう新しいものが多く、いま流行っているというのは本当だなと実感する。 ぼくはジョージ・オーウェルからの連想で「1Q84」を読み、それが春樹を読んだ最初だったのだが、若い読者は逆である。「なんだか春樹の小説に似た題名の小説が最近はやり出したぞ」ということで読んでいる。世代の違いを感じて面白かった。 ネット上の感想は、好...

  • 荻野 央[「それから」――愛するということ](「群系」39号)をめぐって

     書きたいことは溜まっているのだが、忙しくてなかなか書けない。少しずつ、なるべく短く書く。「民主文学」12月号の推薦作、横田玲子「落穂拾い」を、文学的な文章である、群を抜いていると誉めそやしたら、「とんでもない。つじつまの合わない文章が多すぎる」と軒並み欠陥を指摘された。読み直していないので結論は控えるが、そう言えば、おかしなところもあったような気もする。少し誉めすぎたかなと思った。 荻野 央氏から...

  • 「樹宴」12号感想   諸山 立(「まがね」同人)

     「まがね」の先輩同人から「樹宴」に対し、病を押しての感想(お葉書)をいただきました。以下に公開します。「樹宴」12号感想   諸山 立(「まがね」同人) 大丘作品は、私どもの知らない医療関係者の人間関係などを明かしたものでした。 木沼作品は、やはり全体を読んでいないため、理解できないところ多く(人名も数々)、これで終わるのかという感じを受けました(筆力と才の豊かなことは、私らの反省点と考えます)。...

  • 「民主文学」17年12月号(支部誌・同人誌推薦作品特集)

     久しぶりに「民主文学」を読んだ。草薙秀一「ランドロワ・イデアルから遠く離れて」を読んだ後、町内会その他諸用が重なり、「民主文学」を手に取るどころじゃなかった。 だから草薙作品以外の10月号と11月号とは全く読めていない。 草薙作品については、これは作者も高野悦子の実話を前提に書いているし、読者もそういうものとして読むと思うので、いま直ちに独立した小説として論じることができない。「二十歳の原点」一冊は...

  • こうの史代「この世界の片隅に」

     これも、記憶を書いた作品である。と同時に今回、小説とは(これは小説ではないが、小説とも共通することとして)生活を書くものなのだ、といまさらではあるが気づかされた。そうしてたとえば身のまわりのアマチュア同人の書くものを振り返ってみても、女性作家には丹念に生活を書き込んだものが多い。男のほうは、どちらかというと観念に傾いてしまう。特にぼくはそうだ。しかし読者の立場に立てば、小説で理屈を聞かされたって...

  • ジョージ・オーウェル「1984年」

    「1984年」をようやく読み終えた。1カ月かかってしまった。日本字の字数で400字詰め800枚くらいの作品である。 30年前の文庫本であるから、字は小さいし、紙は黄ばんでいて読みにくいことこの上ない。新訳が新しい文庫で出ているのだから、それを買えばよさそうなものだが、なぜか意地を張ってしまう。 驚くべき本だ。天才的な作品である。 書き上げたのが1948年だから、36年後のことを書いた近未来小説である。だからと言って...

  • 「樹宴」12号感想

    「樹宴」も「まがね」もまだほとんど誰にも送付できていないが、「樹宴」追加入手の見込みがついたので、そのうち送ります。「まがね」はどうせエッセーだけだし、今回10数部しか受け取っていないので、あまり方々へは送りません。 ということで、まだ送付できていないけれど、一応感想を。「樹宴」12号 守屋陀舟「遺書」 今回の「樹宴」ではこの人の作品が際立っている。いつも良いものを書く作家だが、前号、前々号の戦争もの...

  • ジョージ・オーウェル

     ジョージ・オーウェルの「1984年」を読み返したいと思ったのは、村上春樹の「1Q84」を読んだときだった。でも結局、延び延びになっていたのを、最近になって、また読みたくなってきた。それは、長らく手元を離れていた浦沢直樹の「20世紀少年」が戻ってきて、立て続けに、二度も読み通してしまったせいなのだ。コミック本で24冊ある大作だが、小説は文庫本一冊がなかなか読めないのに、漫画本は24冊がすぐ読めてしまう。「20世紀...

  • 「民主文学」17年9月号 後半

     後半の3作品は、いずれもどちらかというとエンタメ的で、読みやすく、面白かった。これらを巻頭に持ってきた方が若い読者には受けたかもしれない。もっとも、若い読者はいないのだろうけれど、今後開拓していかねば雑誌が成り立たなくなる。 川本幹子「千晶のさがしもの」 読み終わってみるとなんだかよくわからない作品なのだが、読ませることは読ませる。 短大を卒業して得意の英語を生かす仕事をしたいと思いつつ、どこと...

  • 「民主文学」17年9月号

     稲沢潤子「生きる」 上関原発への祝島反対運動を書いている。かつて山口の野村邦子がいいルポを書いていた。彼女の消息を聞かなくなって久しい。お元気だろうか。 稲沢潤子は取材者(作者)を表に出さずに現地の人々の声を直接小説形式で書いている。30年間にわたり建設を阻止してきた。福島の事故で、もう闘わなくてよいだろうと思ったら、またぞろ蒸し返されつつある。 そういった30年間の経過を報告形式で書くのではなく、...

  • 「民主文学」17年8月号

     前項に書いたことは、今後政治や政党についていっさい発言しないということではない。いままでどおり思いついたことを書いていく。ただ共産党に対して持っていた特別なこだわりがなくなった、日本社会が持つ政党のひとつとして客観的に見るようになった、という程度の意味である。批判しないということではない。ぼくの政治的関心の中心点が他の場所に移ってきたということだ。 さて、文学である。小説についても、小説はさまざ...

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