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 ・クリスマスローズの価値説 ・平松論文について ・平松氏の論考への石崎の指摘と、平松氏の反論 Ⅰ ・石崎文と平松氏の反論 Ⅱ ・石崎文と平松氏の反論 Ⅲ ・石崎文と平松氏の反論 Ⅳ ・石崎文と平松氏の反論 Ⅴ Ⅵ ・石崎文と平松氏の反論 Ⅶ Ⅷ Ⅸ ・「労働価値説について」 植田与志雄 ・「労働価値説」について ・トマ・ピケティ公開授業 ・サービス労働と剰余価値 ・資本論 9 ・資本論 8 ・資本論 7 ・資本論 6 ・資本論 5 ・資本論 4 ・資本論 3 ・資本論 2 ・剰余価値についての訂正 ・価値 ・サービス労働についての訂正 ・サービス、剰余価値 ・交換について ・資本論 ・植田氏の労働観について ・物々交換 ・物々交換、そしてエンゲルス(高原さんへ)

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カテゴリ:経済のエントリー一覧

  • クリスマスローズの価値説

    「エストリルのクリスマスローズ 02/14 美しき希少性」をご覧ください。「価値説」について平松氏の提言をも視野に入れる形で示唆に富んだ内容を書いておられます。平松氏が取り上げていた「エントロピー低減」問題にも相応の理解を示されています。 平松・石崎論争をかなり読み込んで書いてくださったように思えます。ありがとうございました。 こうしてまた違った角度から提示いただくことで、平松氏の追及されていることに...

  • 平松論文について

     平松氏の書かれた論考への疑問を指摘したところ、反論を寄せて下さったので、公開する。なお、元になった平松論文を掲載していないので、分かりにくいだろうと思う。 論文の掲載誌は以下である。「マルクスと21世紀社会」 社会主義理論学会編 本の泉社 2017年発行 2000円 〒113-0033 東京都文京区本郷2-25-6(ご所望の方はメールください) 各界の11名の方が執筆されている。90年代に共産党の参議院議員をつとめた聴涛弘...

  • 平松氏の論考への石崎の指摘と、平松氏の反論 Ⅰ

     先日公開した以下の文章に、平松氏が反論を寄せられたので、拙文に付け加えて再掲する。 拙文の各部分に対応するかたちで書いておられるので、そのまま発表する。 赤字部分が平松氏による文章である。 なお、全体が長くなるので、章ごとに区切って掲載する。平松 民平 「非物質的代謝による生産=情報財の生産について」      ――マルクスを現代に、現代を社会主義につなぐ一助に――    (「マルクスと21世紀社会」社...

  • 石崎文と平松氏の反論 Ⅱ

    ★II.  主筋として述べられているのは、現代社会が、製造業産業から情報産業の時代に移行しようとしていること、この情報産業がマルクス主義経済学ではとらえきれていないということの認識と、それをとらえるための試み、そして情報産業化のなかに、社会主義的展望を見出しうるのではないかという提言である。 その過程に、サービス労働問題や、エントロピー問題が微妙に関係してくる。著者の主張の要点。① 製造業産業に対する情...

  • 石崎文と平松氏の反論 Ⅲ

    ★III.  情報産業「例えば30年前で世界の企業の株価時価総額を比べると、トップ10入りした米国企業はエクソン・モービルなど2社ほど。NTTや大手銀行など日本企業が8割方を占めていた。中国は改革開放が始まったばかりで影も形もありませんでした」「これが今では、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンという『GAFA』と、アリババ、テンセントなど米中のネット系が上位を占め、モノづくりの企業はほとんどない。日本は...

  • 石崎文と平松氏の反論 Ⅳ

    ★IV.  情報の質の違い(50ページ) 【5 非物質的材の商品化】 【5-1 情報をモノに埋め込んだ商品】① 本【言語情報】+ 【紙+活字+インク+(以下略)】② 電子ブック【言語情報】+     【(略)表示装置】③ アンテナ【電磁気学で計算された形状情報】+    【形状加工された金属棒】④ メガネ 【光学で計算されたレンズ形状情報】+    【研磨されたガラスやプラスチック】⑤ 手作り箪笥や家具【図面や記...

  • 石崎文と平松氏の反論 Ⅴ Ⅵ

    ★V.  製造業産業と情報産業の違い①  製造業では、工場、機械、原材料、労働者などのために最初に大きな資本がいる。 情報産業に必要なのは頭脳だけである。ただし、その頭脳にはコストがかかっている。②  製造業では、作るたびに原材料その他を必要とする。 情報財は、一度作れば、あとはコストなしで無限にコピーできる。★VI.  労働価値説は覆されたか その前に一言。 労働価値説とは、労働時間以外に商品価値を計量でき...

  • 石崎文と平松氏の反論 Ⅶ Ⅷ Ⅸ

    ★VII. 資本主義的所有は無効化するのか。 生産手段の私有が資本主義的生産方法の特性だとすれば、生産手段がいま現在どうなっているのか、検討する必要はあるだろう。 だが現実には格差は(資産格差も所得格差も)人類が経験したこともないほどに広がり、ほとんど絶望的な状態である。著者が書いているのとは逆の意味で資本主義の断末魔が来ているような様相だ。 これはどこから来ているのか。 著者は情報は大衆に無償で譲与さ...

  • 「労働価値説について」 植田与志雄

     植田氏から頂いた文章を許可を得て公開します。   「労働価値説について」 植田与志雄 石崎文は労働価値説と剰余価値の分配に関するテーマがメインと思いますが、主に前者についてだけ書きます。1.労働価値説、この価値という言葉、私も石崎さんと似たような疑問を持っています。また多くの誤解があるので、それは誤解と言うには無理があると思います。 石崎さんの解答はこうですよね。・労働価値説での価値には道徳の色...

  • 「労働価値説」について

     マルクスをあまり読んでいないので、ぼくが理解した限りでのマルクスについて述べる。ぼくの描くマルクス理論が、ほんとうのマルクスと食い違っていれば、その部分はぼくによるマルクス批判だと思ってほしい。 ぼくの誤解かもしれないが、労働価値説の「価値」を、道徳的価値と錯覚する向きが一部にあるような気がする。ここに書くのはそれへの批判である。 ぼくの理解では、この「価値」とは「商品価値」のことであり、純粋に...

  • トマ・ピケティ公開授業

     トマ・ピケティの5500円の本を買うのも読むのもちと骨なので、教育テレビで授業の第1回を見た。 結論を言うと(第1回でもあるので)新聞で読んだこと以外にはなかった。逆に言うと新聞がピケティを正確に伝えていることが確認できた。 何か目新しいことを言っているわけではない。格差が拡大してきており、何らかの規制が必要だと言っているだけである。それは左派がずっと言っていることだ。だが、格差の是正を主張する言論...

  • サービス労働と剰余価値

     拙ブログ「植田・高原論争への疑問」に植田氏が寄せられたコメント351・352によって、サービスに関するぼくの考えがはっきりしてきた感じがするので、書いてみる。 その前にひとつの懸念を提示するが、これは当たっているかどうかわからない。 学者たちはマルクスをもちろんドイツ語で読むが、我々は翻訳で読む。学問的な著述を翻訳するとき、彼らはやまと言葉よりも漢語的表現を多用する。漢語的表現が我々日本人読者に与える...

  • 資本論 9

     しばらく忙しかったので、読書も進んでいない。第8章労働日の終わりのほうをうろついている。 労働日の後半は、14世紀から19世紀にいたる主としてイギリスにおける労働時間の推移の記述である。さして難しいことは書いていないのだが、どうもピンと来ないのは、我々日本人にとって、これは鎌倉幕府の滅亡から明治維新にいたる期間である。この500年に及ぶ期間の労働者の状態と言われても、なんとなくあっけにとられる。そうい...

  • 資本論 8

     以下は覚え書きである。 資本は貨幣の存在を前提とするが、貨幣はいつでも資本であるわけではない。通常、貨幣は交換の仲立ちとして機能するだけである。交換されたものが消費されれば、そこでこの過程は終結する。 他人の労働の利用は、剰余労働と剰余生産物の発生を予期し、またその結果を得る。だが、この剰余生産物がその場で消費されるなら、それは剰余価値ではない。なぜならこの生産物は商品ではないからであり、商品で...

  • 資本論 7

    「資本が剰余労働を発明したのではない」(第8章第2節 新日本版309ページ) 階級のあるところ、どこにでも剰余労働はあった。古代奴隷制社会にも、中世封建制社会にも。もし剰余労働がなくて奴隷が、あるいは農奴が、自分の食べるものしか生産できなければ、奴隷や農奴を持つことに何の意味もない。 しかし、剰余生産物を奴隷主や領主が消費してしまうなら、それは交換されないので、交換価値を持たない。交換価値を持たず使用...

  • 資本論 6

    「シーニアの最後の一時間」(新日本379ページ) マルクスのほとんどの言葉はどこかで聞いた覚えがあるし、それぞれの章の結論もそうである。それでややこしいところは走り読みして結論を確認してよしとする、過去のぼくはそんな読み方をしたのではないかという気がしている。 というのは詳しい内容の記憶がほとんどないのだ。第2分冊には線引きが全くないが、第3分冊を開いてみると随所に線引きがある。第2分冊までをほかの...

  • 資本論 5

    「手品はついに成功した。貨幣は資本に転化した」(新日本新書第2分冊332ページ)「資本論」はまだようやくここまでである。しかし、ここまでで、「植田・高原論争」のひとつに一定の解答を出しうるのではないか。 両氏がこのブログに現れなくなって久しい。ぼくの知識の浅さにあきれてしまわれたのだろうかと心配している。この間、古本屋さんへのぼくの独り相撲や、ぼくの失敗作をめぐる問題などがあったが、そろそろ「資本論...

  • 資本論 4

     資本論読書はやっと第二編に入ったが、ここからぼくは大月版を捨てて新日本新書に移った。というのは手持ちの新日本第二分冊はここから始まっていて、活字がやや大きく、紙の黄ばみ具合もましだからである。(老眼と闘いながら読んでいるのだ。若い諸君、読書は若いうちにやっておきたまえ)。 ところが読みはじめた途端に障害にぶつかった。前にも書いたが、「存在」をすべて「実存」と翻訳しているのだ。箇所によっては「実存...

  • 資本論 3

    「金が貨幣として機能するのは、一方では、その金の(または銀の)肉体のままで、したがって貨幣商品として、現れなければならない場合、すなわち価値尺度の場合のように単に観念的にでもなく流通手段の場合のように代理可能でもなく現れなければならない場合であり、他方では、その機能が金自身によって行われるか代理物によって行われるかにかかわりなく、その機能が金を唯一の価値姿態または交換価値の唯一の適当な定在として、...

  • 資本論 2

    「資本論」を読みはじめてはいるが、雑事や他の関心事で忙殺されて、はかどらない。やっと、貨幣のあたりをうろついている。  第1章は二つの翻訳を読み比べた。こうするとかなり理解が進む。語学を習得しなかったせいで翻訳で読まねばならないのはハンディである。 欧文は主語の直後に述語が来るので、そこで言わんとすることがまず示される。そしてその後にその具体的内容が、コンマに区切られつつ、ひとつのセンテンスとして...

  • 剰余価値についての訂正

    「サービス、剰余価値」(1月16日に書いた最初の文)に誤りがあったので訂正します。 自営業者の利益を剰余価値としたのは誤りでした。自営業者は自分の作ったものを交換しますが、それは同じ価値のものと交換するのです。もちろん、彼の生産性が同業者より高い場合は、社会的平均価値で売ることによって、彼個人の価値より高く売れます。その他いろいろなケースがある(価格を実際に決めるのはあくまでも市場だから)。しかしそ...

  • 価値

    「資本論」冒頭を再読しただけで書くのは命知らずかもしれませんが、とりあえず冒頭部分で理解できる範囲で書きます。 植田氏「サービス労働によって生産された価値を担うものは何なのか」 とりあえずそれはサービスそのものです。それは生産されると同時に消費されていますが、消費されるのはサービスに限ったことではありません。すべて商品は消費されるためにあります。消費されれば消えてなくなります。ただ時間差があるだけ...

  • サービス労働についての訂正

     植田さんの今日のコメント読みました。ぼくが今頃になって疑問に思うようなことは、とっくに何十年も前から世界中で論議されていることなのですね。 ところで、昨日の自論を少し(少しというか、結果的には大幅になのですが)修正します。 マルクスからのサービスに関する引用の直前に次の引用があるのを見落としていました。「資本家が自分の個人的消費のために買う商品は、生産的に消費されるのではなく、資本の諸要因にはな...

  • サービス、剰余価値

     労働市場が正常に機能している社会では、同一のサービスに対しては同一の賃金または料金が払われ、かつ同一の賃金が受け取られねばならない。 ここに3種類のサービス提供者がいるとしよう。A  享受者に直接雇われてサービスする者(女中、自家用車のおかかえ運転手など)B  自営業者(散髪屋など)C  享受者とは別個の雇用者に雇われて享受者のためにサービスする者(散髪店勤務の散髪職人、女中紹介業者に雇われている女中...

  • 交換について

     交換の端緒について考えていると頭が痛くなるが、いまの時点で言えることは多くない。 交換はその前提として分業を必要とするが、分業は必ずしも交換を必要とはしない。 家族内分業はそもそもからあった。これは人間が育児に長期間をとられるからだろう。妊娠、出産、授乳の能力が女性にしかないので、その延長で育児が主として女の仕事となり、その間、男は食糧調達に出かける。これは分業だが、交換ではない。 鳥は、授乳の...

  • 資本論

     資本論冒頭に面白い記事を見つけました。(アダム・スミスは労働力の支出を)「ただ安息、自由および幸福の犠牲とのみ解していて、正常な生活活動とも解していない」いったんこう批判したすぐ後で、「もちろん、彼は近代賃金労働者を眼前に浮かべている」と弁護しています。これはエンゲルスによる注です。(岩波文庫1969年版第1分冊88ページ) またこの労働の二面性をうまく表現する言葉が英語にはあるとして、workが使用価値...

  • 植田氏の労働観について

     植田さんのコメントを勝手に本文に移させてもらったのは、少し不満があるからです。せっかく面白い方向に展開してきている、お二人の議論を横から折るかもしれませんが、「労働」はぼくのテーマでもあるので、言わせてください。 植田さんが肉体労働と知的労働とを分けておられるように見えることが、生涯のほとんどを肉体労働者として生きてきたぼくには不満です。 生きとし生けるすべてのものが、ただ生き、子孫を残すために...

  • 物々交換

     植田さんがコメントに書かれた、「物々交換という行為は共同体内の分業から生まれた」というのは考慮に値する説だと思います。交換という観念は何がしか交換的な行為の積み重ねの中から生まれてきたのでしょう。その端緒は無償のプレゼントだったかもしれませんね。...

  • 物々交換、そしてエンゲルス(高原さんへ)

    「物々交換」読みました。恋が物々交換を生みだしたという推論はとても楽しいですね。 言わんとするところは以下のようなことでしょうか。 内部の矛盾がその量的積算の結果自律的に質的転化を遂げる、のではなく、そこには外部から偶発的な何らかの力が働いて、それが内部矛盾を質的に転化させる。 略奪の内部矛盾、すなわち必要物資の入手とそれに伴う人命損傷という矛盾を意識したとしても、それが当り前の世界では、解決しよ...

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