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まがねとおる

Author:まがねとおる
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新潟の同姓同名はまったくの他人
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カテゴリ:雑文のエントリー一覧

  • マタイとルカ

     高原さんのコメントを公開しました。コメント欄でクリックしてください。多少わかりにくいかもしれませんが、以下のような内容です。「失われた夜のために」の第6章、主人公とキリスト教の女との対話のなかでふれたマタイ第5章、「心の貧しいものは幸いである(Blessed are the poor in spirit)」の解釈について。1、女の解釈が正しく、今回、石崎が提出した新たな解釈は、それを単に敷衍したに過ぎない。2、ルカ第6章20節...

  • 出生地

     両親に関する書類を調べていてもうひとつ判明したのは、我々姉弟3人の出生地である。それがすべてばらばらだ。 姉は左京区下鴨貴船町、ぼくは左京区一乗寺松田町、弟は上京区紫竹桃ノ本町。 ばらばらだが、すべて京都市内である。 両親の結婚は1941年12月17日で、真珠湾攻撃の直後である。半年後には軍隊に招集されている。さいわい内地勤務だったが、いつ習志野に赴いたのかは不明だ。少なくともこの時点で足利生活は終わっ...

  • 両親の履歴

     必要があって、両親の履歴を調べていて、いろんなことが分かった。何となく知っていたこともあれば、今回初めて知ったこともあった。他人には関係のないことだが、備忘録として記す。 父の本籍はもともと富山である。富山県富山市稲荷となっている。ぼくは富山に一度も行ったことがないので、それがどのへんなのかさっぱりわからない。とりあえず、石崎の祖先の地なのだろう。 生まれたのは、岐阜県吉城郡船津町鹿間、それもど...

  • MATTHEW CHAPTER 5

    NOW when he saw the crowds, he went up on a mountainside and sat down. His disciples came to him, 2 and he began to teach them, saying:3 "Blessed are the poor in spirit, for theirs is the kingdom of heaven.4 Blessed are those who mourn, for they will be comforted.5 Blessed are the meek, for they will inherit the earth.6 Blessed are those who hunger and thirst for righteousness, for they will be fi...

  • 京都旅行(1)

     あっという間に10月も終わりに近付き、土、日が中国地区集会。その前に明日は町内会の残仕事。なので、中国地区の準備もあまりできなかった。顔を合わせるだけでも楽しみなので、それでよしとしよう。 京都の記憶がどんどん遠のいていきそうなので、少しずつ書く。 初日のことはエッセイに書いた。そもそも、ぼくらの旅行の計画はすべて妻が立てて、ぼくはそれに乗るだけ、いつもそうなので、妻は最初から怒っている。 京都10...

  • 京都旅行(2)

     京都の街は碁盤目状である。X軸とY軸との交点を求めれば位置が分かる仕組みだ。すべての通りに名前がある。通りに名前を付けるという点では、ヨーロッパの都市とよく似ている。異なるのはヨーロッパの都市が放射状であるのに対して、京都は碁盤目でいっそうわかりやすいというところだ。 京都駅からまっすぐ北に向かうのは烏丸通である。大きな通りだけを言うと、烏丸の西が堀川、大宮、千本、西大路となっている。烏丸に東本...

  • 京都旅行(3)

     きょうの朝日新聞で、西寺跡の発掘が報じられている。もともと羅生門の東にあったのが東寺、西にあったのが西寺だが、西寺は早くに焼失してそのままになった。東寺は弘法大師の寺として残った。それはいいのだが、朱雀大路の地図が掲載されている。見ると山陰本線と重なっている。千本通が朱雀大路と思っていたが違ったかな、と一瞬思った。だがたいして違わなかった。山陰本線と千本通は近接して走っている。二条駅があるのも千...

  • 京都旅行(4)

     旅行記も4回目になるのに、初日の出町枡形商店街から話がひとつも前に進んでいない。どうも人に読ませるというよりも、自分自身の備忘録のような、あるいは記憶の確認というような、そんな感じで書いている。たぶん、こんな調子でどこまでも続いていく。でも、「ふくやま文学」の締め切りまで3週間を切ったし、そのうえ町内行事も目白押しで、また中断するかもしれない。 さて、枡形商店街から外に出て、ここまで来た以上、次...

  • 京都旅行(5)

     貧しい年金生活者のぼくらが10日間も旅行できたのは、やさしい子供たちのおかげなのだ。三人の子供たちと、そのそれぞれのパートナーが、行っといでと言ってポンと封筒をくれた。開けてびっくり、一万円札が十枚も入っていた。 どの家族も裕福ではない。それぞれの子供たちを抱えて、いまいちばん大変な時期を一生懸命生きている。そこから出してくれた金だ。感謝感激なのだ。 というわけで、やっと二日目である。 二日目なの...

  • 京都旅行(6)

     二日目、伏見と宇治から京都駅まで帰ってきた。その日は朝一度バスに乗っただけだったので、堀川通をまっすぐ宿に帰れば2回しか乗らないことになって、600円の一日券を損する。3回乗らないと元が取れない。というみみっちい考えがあって、それで京都駅から河原町通りを行くバスに乗ったのだと思う。あるいは別の日だったかもしれない。二日目のことなのだが、早くも記憶があいまいだ。 K仏具店に行きたいと妻が言う。英文科...

  • 京都旅行(7)

     先日の朝日に、京都市バスの一日乗車券のことが載っていた。これが値上げしたのが最近のことだったのだそうだ。かわりに地下鉄も乗れる共通の一日券を値下げした。というのはバスが観光客で混雑して、市民の足ではなくなっている。という苦情が来て、観光客をできるだけ地下鉄のほうに誘導しようということらしい。 一日乗車券は市バスのほかに、京都バス、京阪バスでも使える。京都駅で、600円で、要るだけ買っておく。その日...

  • 京都旅行(8)

     4日目。下長者町にはすでに3泊したので、今日は草津に行く日である。でも、チェックインは夕方だし、草津に行っても何もないということで、それまで京都で過ごすことにする。チェックアウトして、荷物は預けた。北野天神へ行ってみようということで話が決まった。 北野天神は何度か行っている。ただ気になることが新たにあった。「失われた夜のために」のモデルとしたのは鷹峯のアパートだった。そこは北大路西大路から坂を延...

  • 京都旅行(9)

     われわれの住んでいるのは広島県と岡山県との県境である。最寄りの山陽本線駅は大門駅という。その上りの一駅目が岡山県の笠岡駅で、一方、下りの福山駅との間にはもう一駅ある。しかも大門駅から我家までには一山越えねばならない。これがなまなかの山ではない。急峻な山である。その頂上まで登って今度は峠を降りていく。我々は盆地に住んでいる。そんなところだから自転車はたとえ電動でも使えない。バスは、途中まで歩けばあ...

  • 京都旅行(10)

     三人の子供のなかで一番口の悪い二番目の子が、ぼくらの旅立つとき、自分自身の新婚旅行のときに流行っていた成田離婚にひっかけて、「京都離婚にならないように行っといで」と言った。最近あまり聞かない言葉で、なんだか懐かしい感じがする。 けんかはしない。妻が一方的に怒って、ぼくは「はい、はい」と言っておとなしくしているので、けんかにならない。ただし、京都は懐かしい思い出だけではない。切れば血の出るようなこ...

  • 京都旅行(11)

     20日に福山を出て、25日だから6日目である。折り返し点を過ぎた。草津の二日目、京都へ向かう。今日は鞍馬、貴船と決めていた。 むかしうろついていたのは、市電のある市街地だけだから、こんどの旅はむかし足を延ばさなかった郊外が主になる。銀閣寺、哲学の小径周辺はさんざん歩いている。嵯峨野は市電こそないが、嵐電で何度も行った。嵯峨野の主なところは二回ずつほど行ったような気がする。保津狭のトロッコ電車は何度目...

  • 京都旅行(12)

     9月26日、7日目である。と書いて、そうか、あれは9月のことだったのだと改めて驚いている。10月がどこかへ行ってしまった。もう11月である。こういう月日の経つ速さに、そのつど驚いている。きょう出した手紙に、10月の最後の10日間の京都旅行と書いてしまった。そのくらいの感覚しかない。 岩倉だ。 京都駅から地下鉄に乗る。今回の旅行で初めて乗る。前回来たときには京都駅―北大路間しかなかった。東西線は二条駅―蹴上間...

  • 京都旅行(13)

     9月27日。8日目。大原である。 ここはじつは一度だけ来たことがある。50年前だ。父が福山から出てきて、大原で同窓会をやるので、おまえも来いと言われて行った。どうやって行ったか記憶にないが、大原へ叡電は行ってないし、バスで行くしかないからそうしたのだろう。川べりの座敷で、父の同窓生たちに紹介されて飲み食いした記憶はある。 草津の宿をいったん引き払う。大きな荷物を持って快速電車に乗り、京都駅に来た。荷...

  • 京都旅行(14)

     トップで並んだので、一番後ろの席をキープした。待っている間にだんだん乗ってきて、ほぼ満席になった。そのままノンストップで行くのなら、荷物はどこにでも置けるだろうが、途中の停留所で乗り降りがあるのだ。最後尾に乗って正解だった。荷物を妻がなんとか足のあいだに収めた。大きな荷物の客はわれわれ以外に見当たらない。あらかじめ送ってあるのだろう。 朝、宿を出る前に電話して、バス停までの迎えを頼んだ。忙しいと...

  • 京都旅行(15)

     9月29日。10日目。朝食のあと、荷物があるので、バスステーションまで車で送ってもらう。一日乗車券はないから、たぶんICOCAで帰ってきた。行きと同様、高野川を下って、出町柳から川端通を下る。四条で曲がって烏丸通を帰ってきた。 この川端通を通るとき、日新時代の、組合大会の思い出が、頭をよぎった。この通りの荒神口近辺に、教育文化センターがあり、そこで組合大会をやったのだ。 組合大会は代議員が集ってやる。労...

  • 清水比庵と「心の貧しい者」

     高梁の社会福祉センターで、清水比庵という明治生まれの歌人についての話を聴いた。1966年に84歳で召人を務めているから、それなりに評価のある歌人なのだろうが、名前を聞くのは初めてだ。短歌のほかに、書も画も達者で、絵を描いて短歌を添える。絵手紙を始めた最初の人で、むしろ、そのほうで名前がとおっているようだ。 その人の孫が東京から来てしゃべった。孫と言ってもすでに87歳だ。日本石油(たしか、そう聞いた)の常...

  • 若紫 2

     きょうの朝日に、全面使って若紫の記事が出たが、先日の研究者の記事とかなり違う。先日の記事では、大島本は俊成本からの直接の写本で、定家本ではないということだったが、今回の記事(たぶん記者が書いている)では、大島本も定家本の写本であると書いている。そういうことなら話はまったく違ってくる。今後、真相が明らかになることを望みたい。...

  • 中国地区集会

     民主文学の中国地区研究集会を、この26、27日に倉敷山陽ハイツで終えた。山口、呉、鳥取、岡山の各支部と、東京から櫂悦子が来てくれた。とても楽しい2日間だった。みなさん、遠路ありがとうございました。準備に奔走してくれた岡山の仲間たちにも、ありがとう。 ぼくは何もできないので、せめて倉敷駅での出迎えだけ手伝った。その朝、駅に早く着きすぎて北口に出ると、たまたま共産党の市会議員が署名と対話の活動をやってい...

  • 若紫

    「若紫」の定家本が発見され、これは現在活字になっているものより200年古いのだと報道されたが、じつはそうではないらしい。現在のものは大島本の活字化で、それは室町時代の写本だが、俊成による写本に、より忠実であると言われている。それに対して定家本は同じく俊成本を写したものながら、定家によって変更を加えられているということらしい。 きょうの朝日新聞である。定家本はいままでに四冊確認されている。「花散里」「...

  • 旅の前後

     9月20日から30日まで旅行を組んでいた。「樹宴」17号の締め切りが迫っていたが、「コスモス」の書きなおしがうまくいかないので、一回パスしようと思っていたら、ぜひ出してほしいということで、なんとか仕上げて送った。戯曲なので、編集がうまくいかない。何度もやりとりして、ともかく間に合わせて、旅に出た。 帰ってくるとすぐ「樹宴」が届いた。校正をやり直したところはすべて直っていた。ところが気づかなかったところ...

  • 高原さんに――デカルトから

     高原さんのコメントをすべて承認したが、内容を理解できたというわけでもない。そもそもいただいた本を読めていないので、コメントに対して答えることもできないし、これ以上引き延ばしても意味がない。とりあえず公開しておけば、ひょっとして興味を持たれる方もいるかもしれない、という意味である。 読めない言いわけを、一言だけ言わせてもらう。「先人の業績を引き継ぐのではなく、いちから始めるのだ」と高原さんは言う。...

  • セクハラ

    「不快だと感じたら、それはセクハラです」という文に何度も接し、そのつど浮かない気分になった。  セクハラとは主観なのか? 客観的事実ではなく、気持ちの問題なのか? だとしたら、これは取り扱い不可能な問題であるように思える。「不快だ」と言われてしまえば、それっきりということになる。 それが犯罪を形成するか否かという判定以前に、噂が独り歩きして人を苦しめることにもなりかねない。場合によっては職を失うか...

  • 「コスモス」送信

     完璧な作品というものはありえない。どんな作品でも、何かが足りないか、何かが余分だ。どこかの表現やセリフが適当でない。もっと別の書きかたがある。 作家は誰だってたぶんそのことを知っている。だが書きなおそうとすると、とんでもない深みにはまってしまう。その先は袋小路で、抜け出せなくなり、作品はばらばらに解体してしまう。 欠点のない作品というものはない。欠点こそが作品なのかもしれない。 というふうに勝手...

  • 戯曲「コスモス」

     迷っている。とんでもない退屈なものを書いてしまったという気がしている。素人っぽい演劇論が長々と続くのは退屈だろう。ぶち切るか? だがどこまで切る? 切って、切ったあとをどうつないでいく?  全体が長いので、頭の中で再構成するのがうまくいかない。 わからない。しばらく寝かせるしかない。「樹宴」の締め切り次第だ。締め切りが延びるようなら、まだ書きなおすチャンスがあるかもしれない。 いずれにせよ、どん...

  • 愛知事件

     愛知の出来事はとても悲しい。60歳近いごく普通の市民が、ここまでひどい脅迫状をごく気軽に送ってしまう、そういう世の中になったのだ。言論への脅迫や暴力は昔からあったが、それは自覚的な右翼からのもので、その対象も個人だった。いまや普通の市民が、無差別大量殺人を気軽に予告する。 われわれは倫理観を失ってしまったのだろうか。 ここまで恐ろしい時代になっているのだということを認識できていなかった津田大介も甘...

  • 「起訴相当」と「強制起訴」 訂正

     少し間違いがあったようだ。「起訴相当」が二回出ると、さまざまな手続きの後、「起訴議決」となり、「起訴議決」となると、「強制起訴」となる。二回というのは「起訴相当」の場合で、「不起訴不当」は違う。...

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