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まがねとおる

Author:まがねとおる
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新潟の同姓同名はまったくの他人
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カテゴリ:雑文のエントリー一覧

  • 京都旅行(7)

     先日の朝日に、京都市バスの一日乗車券のことが載っていた。これが値上げしたのが最近のことだったのだそうだ。かわりに地下鉄も乗れる共通の一日券を値下げした。というのはバスが観光客で混雑して、市民の足ではなくなっている。という苦情が来て、観光客をできるだけ地下鉄のほうに誘導しようということらしい。 一日乗車券は市バスのほかに、京都バス、京阪バスでも使える。京都駅で、600円で、要るだけ買っておく。その日...

  • 京都旅行(8)

     4日目。下長者町にはすでに3泊したので、今日は草津に行く日である。でも、チェックインは夕方だし、草津に行っても何もないということで、それまで京都で過ごすことにする。チェックアウトして、荷物は預けた。北野天神へ行ってみようということで話が決まった。 北野天神は何度か行っている。ただ気になることが新たにあった。「失われた夜のために」のモデルとしたのは鷹峯のアパートだった。そこは北大路西大路から坂を延...

  • 京都旅行(9)

     われわれの住んでいるのは広島県と岡山県との県境である。最寄りの山陽本線駅は大門駅という。その上りの一駅目が岡山県の笠岡駅で、一方、下りの福山駅との間にはもう一駅ある。しかも大門駅から我家までには一山越えねばならない。これがなまなかの山ではない。急峻な山である。その頂上まで登って今度は峠を降りていく。我々は盆地に住んでいる。そんなところだから自転車はたとえ電動でも使えない。バスは、途中まで歩けばあ...

  • 京都旅行(10)

     三人の子供のなかで一番口の悪い二番目の子が、ぼくらの旅立つとき、自分自身の新婚旅行のときに流行っていた成田離婚にひっかけて、「京都離婚にならないように行っといで」と言った。最近あまり聞かない言葉で、なんだか懐かしい感じがする。 けんかはしない。妻が一方的に怒って、ぼくは「はい、はい」と言っておとなしくしているので、けんかにならない。ただし、京都は懐かしい思い出だけではない。切れば血の出るようなこ...

  • 京都旅行(11)

     20日に福山を出て、25日だから6日目である。折り返し点を過ぎた。草津の二日目、京都へ向かう。今日は鞍馬、貴船と決めていた。 むかしうろついていたのは、市電のある市街地だけだから、こんどの旅はむかし足を延ばさなかった郊外が主になる。銀閣寺、哲学の小径周辺はさんざん歩いている。嵯峨野は市電こそないが、嵐電で何度も行った。嵯峨野の主なところは二回ずつほど行ったような気がする。保津狭のトロッコ電車は何度目...

  • 京都旅行(12)

     9月26日、7日目である。と書いて、そうか、あれは9月のことだったのだと改めて驚いている。10月がどこかへ行ってしまった。もう11月である。こういう月日の経つ速さに、そのつど驚いている。きょう出した手紙に、10月の最後の10日間の京都旅行と書いてしまった。そのくらいの感覚しかない。 岩倉だ。 京都駅から地下鉄に乗る。今回の旅行で初めて乗る。前回来たときには京都駅―北大路間しかなかった。東西線は二条駅―蹴上間...

  • 京都旅行(13)

     9月27日。8日目。大原である。 ここはじつは一度だけ来たことがある。50年前だ。父が福山から出てきて、大原で同窓会をやるので、おまえも来いと言われて行った。どうやって行ったか記憶にないが、大原へ叡電は行ってないし、バスで行くしかないからそうしたのだろう。川べりの座敷で、父の同窓生たちに紹介されて飲み食いした記憶はある。 草津の宿をいったん引き払う。大きな荷物を持って快速電車に乗り、京都駅に来た。荷...

  • 京都旅行(14)

     トップで並んだので、一番後ろの席をキープした。待っている間にだんだん乗ってきて、ほぼ満席になった。そのままノンストップで行くのなら、荷物はどこにでも置けるだろうが、途中の停留所で乗り降りがあるのだ。最後尾に乗って正解だった。荷物を妻がなんとか足のあいだに収めた。大きな荷物の客はわれわれ以外に見当たらない。あらかじめ送ってあるのだろう。 朝、宿を出る前に電話して、バス停までの迎えを頼んだ。忙しいと...

  • 京都旅行(15)

     9月29日。10日目。朝食のあと、荷物があるので、バスステーションまで車で送ってもらう。一日乗車券はないから、たぶんICOCAで帰ってきた。行きと同様、高野川を下って、出町柳から川端通を下る。四条で曲がって烏丸通を帰ってきた。 この川端通を通るとき、日新時代の、組合大会の思い出が、頭をよぎった。この通りの荒神口近辺に、教育文化センターがあり、そこで組合大会をやったのだ。 組合大会は代議員が集ってやる。労...

  • 清水比庵と「心の貧しい者」

     高梁の社会福祉センターで、清水比庵という明治生まれの歌人についての話を聴いた。1966年に84歳で召人を務めているから、それなりに評価のある歌人なのだろうが、名前を聞くのは初めてだ。短歌のほかに、書も画も達者で、絵を描いて短歌を添える。絵手紙を始めた最初の人で、むしろ、そのほうで名前がとおっているようだ。 その人の孫が東京から来てしゃべった。孫と言ってもすでに87歳だ。日本石油(たしか、そう聞いた)の常...

  • 若紫 2

     きょうの朝日に、全面使って若紫の記事が出たが、先日の研究者の記事とかなり違う。先日の記事では、大島本は俊成本からの直接の写本で、定家本ではないということだったが、今回の記事(たぶん記者が書いている)では、大島本も定家本の写本であると書いている。そういうことなら話はまったく違ってくる。今後、真相が明らかになることを望みたい。...

  • 中国地区集会

     民主文学の中国地区研究集会を、この26、27日に倉敷山陽ハイツで終えた。山口、呉、鳥取、岡山の各支部と、東京から櫂悦子が来てくれた。とても楽しい2日間だった。みなさん、遠路ありがとうございました。準備に奔走してくれた岡山の仲間たちにも、ありがとう。 ぼくは何もできないので、せめて倉敷駅での出迎えだけ手伝った。その朝、駅に早く着きすぎて北口に出ると、たまたま共産党の市会議員が署名と対話の活動をやってい...

  • 若紫

    「若紫」の定家本が発見され、これは現在活字になっているものより200年古いのだと報道されたが、じつはそうではないらしい。現在のものは大島本の活字化で、それは室町時代の写本だが、俊成による写本に、より忠実であると言われている。それに対して定家本は同じく俊成本を写したものながら、定家によって変更を加えられているということらしい。 きょうの朝日新聞である。定家本はいままでに四冊確認されている。「花散里」「...

  • 旅の前後

     9月20日から30日まで旅行を組んでいた。「樹宴」17号の締め切りが迫っていたが、「コスモス」の書きなおしがうまくいかないので、一回パスしようと思っていたら、ぜひ出してほしいということで、なんとか仕上げて送った。戯曲なので、編集がうまくいかない。何度もやりとりして、ともかく間に合わせて、旅に出た。 帰ってくるとすぐ「樹宴」が届いた。校正をやり直したところはすべて直っていた。ところが気づかなかったところ...

  • 高原さんに――デカルトから

     高原さんのコメントをすべて承認したが、内容を理解できたというわけでもない。そもそもいただいた本を読めていないので、コメントに対して答えることもできないし、これ以上引き延ばしても意味がない。とりあえず公開しておけば、ひょっとして興味を持たれる方もいるかもしれない、という意味である。 読めない言いわけを、一言だけ言わせてもらう。「先人の業績を引き継ぐのではなく、いちから始めるのだ」と高原さんは言う。...

  • セクハラ

    「不快だと感じたら、それはセクハラです」という文に何度も接し、そのつど浮かない気分になった。  セクハラとは主観なのか? 客観的事実ではなく、気持ちの問題なのか? だとしたら、これは取り扱い不可能な問題であるように思える。「不快だ」と言われてしまえば、それっきりということになる。 それが犯罪を形成するか否かという判定以前に、噂が独り歩きして人を苦しめることにもなりかねない。場合によっては職を失うか...

  • 「コスモス」送信

     完璧な作品というものはありえない。どんな作品でも、何かが足りないか、何かが余分だ。どこかの表現やセリフが適当でない。もっと別の書きかたがある。 作家は誰だってたぶんそのことを知っている。だが書きなおそうとすると、とんでもない深みにはまってしまう。その先は袋小路で、抜け出せなくなり、作品はばらばらに解体してしまう。 欠点のない作品というものはない。欠点こそが作品なのかもしれない。 というふうに勝手...

  • 戯曲「コスモス」

     迷っている。とんでもない退屈なものを書いてしまったという気がしている。素人っぽい演劇論が長々と続くのは退屈だろう。ぶち切るか? だがどこまで切る? 切って、切ったあとをどうつないでいく?  全体が長いので、頭の中で再構成するのがうまくいかない。 わからない。しばらく寝かせるしかない。「樹宴」の締め切り次第だ。締め切りが延びるようなら、まだ書きなおすチャンスがあるかもしれない。 いずれにせよ、どん...

  • 愛知事件

     愛知の出来事はとても悲しい。60歳近いごく普通の市民が、ここまでひどい脅迫状をごく気軽に送ってしまう、そういう世の中になったのだ。言論への脅迫や暴力は昔からあったが、それは自覚的な右翼からのもので、その対象も個人だった。いまや普通の市民が、無差別大量殺人を気軽に予告する。 われわれは倫理観を失ってしまったのだろうか。 ここまで恐ろしい時代になっているのだということを認識できていなかった津田大介も甘...

  • 「起訴相当」と「強制起訴」 訂正

     少し間違いがあったようだ。「起訴相当」が二回出ると、さまざまな手続きの後、「起訴議決」となり、「起訴議決」となると、「強制起訴」となる。二回というのは「起訴相当」の場合で、「不起訴不当」は違う。...

  • 検察審査会

     10数年むかし、クジに当たって検察審査会に呼ばれた。正ではなくて副のほうで、一ヶ月に一度の審査会に正の欠員が出れば、副が順番に正をつとめる。だから副も毎回出席の義務がある。それなのに支給される経費に雲泥の差があるのは納得しがたかった。採決には加わらないが、発言は許される。そして、どういうわけか、副のほうが真面目に出て来て、正は毎回誰かが欠席するので、副も順番に正をつとめる結果となる。 検察審査会は...

  • 「コスモス」

    「コスモス」をほぼ仕上げた。ほぼというのは、細かいところはもちろんまだこれからだが、大きな問題がひとつ残っているからだ。 元の原稿は、ふたつの劇が並行して進むというかなりややこしい劇だった。今回片方をバッサリ捨てた。その片方というのは主人公の内面劇だった。それを捨てた。その必然的結果として、主人公の内面がなくなった。 それはもちろん覚悟の上で、最初の目論見とは違う劇にするつもりではあった。だが、そ...

  • 新潟の石崎徹君

     新潟の石崎徹君が週刊誌を賑わしているらしく、ネット上でも、石崎徹を検索したら、彼の記事しか出てこない。たいへん迷惑しているが、こちらが無名だから仕方がない。広告学の学者に石崎徹がいて、以前は彼の記事がトップだった。いまでは彼の記事も後ろのほうからようやく出る程度。 そもそもぼくは人生で石崎というファミリーネームの人間に出会ったことがなく、平凡なわりに、めったにないネームと思っていたら、いまごろに...

  • 縦書ブロック別範囲指定ができないか

     むかしナショナルのワープロを使っていたが、いまから思うとこれがたいへんな優れもので、罫線が簡単に自由自在に引けて、しかも文字列指定以外に領域指定というのがあって、これで指定すると、指定した任意のブロックが、文字列にも行にも無関係に罫線ごと指定できて、どこへでも移動できた。移動したからといってもとあったところがめちゃくちゃになってしまうということもない。元の形をそのままにして指定部分だけが移動する...

  • 蜷川選挙

     蜷川選挙はいつだったっけと考えていたが、50年から78年まで7期28年在職している。74年が最後の選挙。だからぼくに関係のあるのは70年の選挙だ。ところがぼくは69年の12月に結婚していて、ぼくの住所はあらかじめ長岡天神に移していたが、ぼくが婚姻届けを出すのが遅れたのか、どうだったのか今となっては覚えていないが、妻の住所を山科から抜いて、長岡天神に移すまで少し間があったようだ。府知事選挙は選挙前の一定期間府民...

  • 戯曲

     戯曲が行き詰まっている。プロローグはほとんど変えずに残し、一場を少し、二場を大幅に書き換えた。三場は全部削ってやり直そうと思って、そこで行き詰まった。 で、「かもめ」を何年ぶりかで読み直している。すべての細かい部分に神経の行き届いた作品。脱帽。こういう天才の作品を読むと自信をなくすだけという気もして来た。 なんと言っても、ぼくは年を取りすぎた。 素人の下手な作品を読んで、自信を取り戻すとでもする...

  • 誤読の続き、および目取真俊について

     意図せずして、読者に深い感興を与える作品ができてしまう、ということもあるのだろう。そういう場合、作者が自作を語るとがっかりしてしまったりする。なんだ、それだけ? という感じ。とはいえ、もちろん、作者が語りきれなかったということも当然ある。いずれにせよ、作者が何を言おうと言うまいと、出来上がった作品は作者の功績だ。読者に与えた感興に釣り合うだけのものを作者は内包している。思想的にも、技術的にも。無...

  • 誤読について

    エストリルのクリスマスローズが、次のように書いている。作者が一人称形式で(受け手の見極めを密かに願いながら)技巧を駆使して真実を歪めて描き出すというこうした技法がある以上主人公の語りは、額面通りである筈という思い込みのもと記述された世界観のみに浸ってしまった受け手とそうはならなかった受け手とではその読後感が大きく変わってしまうという事態が生じる物語は、作者の手を離れたら受け手のものですから解釈は自...

  •  犬が来て、3日つぶれた。息子一家が旅に出たのだ。娘一家の犬は朝晩散歩するだけで、あとは玄関につないでおけば一日おとなしくしている。去年何カ月か預かったが、どうってことなかった。息子一家の犬はお座敷犬なので、行くところへついて来て、姿が見えないと吠える。家の周りで音がすると吠える。何かというと吠える。仕方がないので、庭を閉鎖して放し飼いにして、そこへ椅子を持っていって読書する。庭にいると気分が開放...

  • コスモス

     少し進んだ。プロローグと一場は微修正で残し、二場を全面的に改稿している。出会いのシーンに流れ込んでいくところがうまくいかないので、何回も書き直した。あら書きはできたように思う。細かいところはまだこれから書き直すが、ともかく問題のシーンへと繋いでいく道筋はついてきた。いよいよ問題のシーンである。それを書く準備ができたというだけで、肝心なところはこれからなのだ。...