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訂正

 著者から指摘があったので、以下の部分を訂正します。
 植田さんの「いのちをふるい立たせてくれを読んで」のなかの文章です。

 負け惜しみになるかもしれないけれど、右翼に優秀な人材がいるからというより、左翼がこの現実に負けているから。現実に負けない、現実を乗り越える何かが要るのだが、左翼はそこまでの力を持てていない。その現実を乗り越える何かとは何だろう? 石崎さんはこれを自他に問うている。

 <筆者>とあったのを、転載者の判断で<私>としましたが、間違いでした。

お知らせ

「まがね」59号に書いた小文を転載する。元はこのブログに書いたものであり、検索すれば出てくる。(「ウェスカーからどこかへ」)
「まがね」投稿に際して、結論部分を書き換えている。
 じつは、ほとんど反響を得られていない。いま思えば失敗文だ。テーマを絞れてなかった。
 にもかかわらず植田さんが感想を寄せてくださった。その内容が興味深いので、お許しを得て転載する。
 読者の便を考えて、次の順序とした。
 1、石崎の小文
 2、植田さんの感想
 3、石崎のお礼と言い訳
 4、再度植田さんから(小池のことなど)
 5、石崎から最後に

「いのちをふるい立たせてくれ!」(「まがね」59号)

 <「『コックはウェイターを憎み、どちらもが客を憎む』」と灰田は言った。「アーノルド・ウェスカーの『調理場』という戯曲に出てくる言葉です。自由を奪われた人間は必ず誰かを憎むようになります。そう思いませんか? 僕はそういう生き方をしたくない」>
 村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(2013年)の86ページである。
 同じ2013年、「民主文学新人賞」を取った笹本敦史「ユニオン!」に、稲沢潤子が次のように書いた。
 <トラックから飛び下り、団地の階段を駆け上がり駆け下る場面や、手は仕事に集中しながらときに辛辣な言葉を投げつける場面など、ウェスカーの芝居の名場面を想起させる>これももちろん「調理場」のことだ。
 アーノルド・ウェスカー、1933年、ユダヤ系ハンガリー人を父としてロンドンの貧民街に生まれた。高等教育を受けることなく職を転々として、60年ころ、「調理場」を含む三部作でデビュー。68年には来日して、日本でもブームとなった。74年までに晶文社が作品集を四冊、演劇論を一冊出している。そのすべてから強い感銘を受けた。もっとも今では多少記憶が薄れてきているが……
 舞台はひとつだけ見た。「根っこ」だった。この劇は周囲の考えに振り回されがちな無知な娘ビーティが、最後に自分自身の意見を持つようになるというのがポイントなのだが、戯曲を読んだ限りでは、その意見というのがいかにも公式見解で少しも彼女らしい個性の感じられないのが不満だった。舞台ではどう処理するかと思ったが、素人劇団だったこともあって、かんばしくなかった。
 そういう不満な部分もあったが、作品は全体として当時のぼくをたいへん引きつけた。イギリス共産党員としてのたたかいと挫折の記録という感じで読んだのが、当時のぼくの心境にフィットしたのだろう。
 もちろん疑問もあった。たとえば、彼がイギリス共産党を離れた理由はいろいろあったようだが、イスラエルの建国に反対するモスクワの指示にイギリス共産党が従ったということも衝撃だったようだ。ウェスカーでさえこの問題ではそうなのかと複雑な思いがした。(カミュがアルジェリアの独立に不満を持っていたことも思い起こさせる)
 読み直していないので断言できないが、いまから思えば、少しセンチメンタルで、子供っぽいところがあったかもしれない。
 モームが、ウェスカーを指して「教育のないものに文学作品は書けない」と言ったのを読んで、その前からモームはあまり好きじゃなかったのが、当時ますます嫌いになった。(最近「雨」をふくむ三篇ほどを読み直して認識を改めたが)。
 デビュー作「調理場」はウェスカーの労働体験から生まれた作品で、かなり大きなレストランの、大勢が働く調理場の労働現場を描写するなかに、コックたち、ウェイターたちの人間模様を鮮やかに浮かび上がらせる。労働現場と労働そのものを舞台に載せたという画期的な作品であった。
「多崎つくる」は労働を描いたわけではないが、駅を設計する労働者が主人公である。「ユニオン!」はまさに生協労働者の労働描写に精彩のひとつがある。
 村上春樹と稲沢潤子が同じ年に「調理場」を話題にしたのは偶然ではあったが印象的だった。長年耳にすることのなかったウェスカーを、同時代人は忘れてはいなかったのだと知ることができたからだ。

 以上は少し長くなったがいわば前置きのようなもので、じつはウェスカーの戯曲中のセリフを一箇所紹介したいと思っている。彼の描き出したいろんな場面が(戯曲を読んだだけで舞台は観ていないのに)いまでも頭をよぎるが、最近しばしば鮮明によみがえってくるセリフがある。
「かれら自身の黄金の都市」(64年執筆 65年フランス語版をベルギーで上演、66年イギリス初演、68年、劇団六月劇場、津野海太郎演出により日本で上演)のなかのセリフである。
 この劇は、若く貧しい建築設計労働者アンディが、家の設計から都市の設計へと対象を拡大して理想の都市を作り上げたいという夢を持ち、若い仲間たちとそういう運動を起こし、その過程ではそれなりに実社会との妥協も重ね、やがて成功を収めるのだが、それにつれて、本人は齢とった俗物に成り果ててしまうという話である。この黄金の都市とは、実は理想社会を象徴しているわけだが、一方で、劇作家として成功するなかで自分自身がある意味俗化せざるを得なかったことと照らし合わせているのだろう。劇は最後に若かった頃の希望に燃えた主人公とその仲間たちをフラッシュバックさせる。その終わり方がよかった。
 引用するセリフは晶文社版の63ページ、アンディたちがまだ若く貧しいころである。アンディがケートに語る。このケートはブルジョワの娘で、そこにちょっといわくがあるのだが、それは読んでもらうとして、アンディのセリフである。
 <ぼくはね、この前メーデーのデモに参加した――街角から街角へ、うらぶれた行進だった。例によって、熱意のこもらないプラカード、歩道に立つひとにぎりの人たちからの寂しい拍手。そして、行進の先頭に立つのは、まぎれもない、左翼の政治的指導者の第一人者、それが人影のない沿道と、とまどったような子供たちにむかって、あいまいな微笑を浮かべてうなずいて見せるのだ。目的地に着いて、その左翼の第一人者は立ち上がって演説をはじめた。養老年金、住宅問題、貿易収支について。突然、聴衆の中から、ひとりの若者が叫んだ、「われわれのいのちをふるい立たせてくれ!」どう思う、ケート。ああ、われわれのいのちをふるい立たせてくれ>(小田島雄志訳)。
「われわれのいのちをふるい立たせてくれ!」
 このセリフを書きたくて長々とウェスカーを引いた。
 いかに正しい言葉も、聞く者の心に届かねば意味がない。

 ここでウェスカーから離れる。
 ぼくは高校時代にシラーの「群盗」を読んだ後、「オルレアンの少女」に手を出しかけて結局読まずにしまった。
 リュック・ベッソンとミラ・ジョボヴィッチの「ジャンヌ・ダルク」はビデオで何回も見た。
 最後、敗北して捕縛され、その獄中で神と対話する。この対話場面が、闘いに至る経過や戦闘場面、また裁判や、当時のヨーロッパにおける権力関係等々と同じ比重で長々と描かれているのを面白く思ったが、のちに57年の英米合作のジャンヌ・ダルクをテレビで見たら、似た構成で、原作がバーナード・ショウであるのを知った。
 それはともかく、ベッソンの映画で、歴戦の将軍たちが作戦会議をしているうちに、田舎娘のジャンヌが「フォロー・ミー」と叫んで(フランス語ではないのが残念だが)ただ一騎駆け出し、それを兵たちが追い、将軍たちが苦笑いしながら会議をほっぽり出してあわてて追っていく、この場面は何度見ても痛快だった。まさしく兵たちの「いのちをふるい立たせ」たのだ。
 人々を動かすのは理屈ではなく、「いのちをふるい立たせる」かどうかだ。

 とはいえもちろん、そこには危うさがある。
 つまり、それこそいまさかんに取りざたされるポピュリズムそのものなのだ。
 グローバル資本主義がナショナリズムと軋みあって混乱に投げ込まれているこの時代にあって、ポピュリズムが人々を引き付けている。我々は過去にもそういうことを経験してきた。わかりやすい言葉、いのちをふるい立たせる言葉にそそのかされて、若者たちはあるいは虐殺に走り、あるいは無駄に自身の命を落とした。
 魅惑的な言葉には用心深くあらねばなるまい。
 しかし、はたしてそれだけでよいのだろうか。人々の耳に響かない、力も魅力もない言葉をただぼそぼそとつぶやいていたとしても、いったい何の役に立つのだろう。
 政治は所詮パフォーマンスである。ポピュリズムを避けて通ることはできない。
 そして日本の政治状況を見るならば、左翼は言葉の使い方において右翼に負けている。ずっと負け続けている。右翼の側からはとっかえひっかえ優秀なポピュリスト、パフォーマーたちが輩出するのに、左翼の側はそういう人材に欠けている。欠け続けている。
 SEALDsが提起したことのひとつはそういうことでもあるだろう。
 彼らは我々の知らなかった運動形態を産み出した。そして長いあいだ年寄りしか集まらなかった左翼の運動に若い人々を結集させたのである。

「いのちをふるい立たせてくれ!」 を読んで   植田与志雄

「いのちふるい立たせる」が石崎さんにとって特別な思い入れがある言葉であること、そういう言葉が特にサヨクの側に今必要になっていること、が語られている。
 私にとって「いのちふるい立たせる」言葉は何だったのか、そもそもいのちふるい立つようなことがあったのか振り返ってみると、私にとって耳に届いた言葉は「いのちふるい立たせる」という感覚とは少し違っていた。
 石崎さんは「人を動かすのは理屈ではなくいのちをふるい立たせるかどうかだ」と言いますが、私はどちらかというとふるい立ったというより、なるほどそうだな参りましたという静かなふるい立ちだった。
 紹介されている本を私が読んでいないからかもしれないけれど、石崎さんがふるい立ったセリフがなるほど感を持って迫ってこないのです。これは個人の体験の差によるものだろうから気にしないことに――
 でも肝心の後半の問題意識は十分に共有できるので、ここについて書いてみます。

*結論部分で「左翼は言葉の使い方において右翼に負けている。ずっと負け続けている。右翼の側からはとっかえひっかえ優秀なポピュリスト、パフォーマーたちが輩出するのに左翼の側はそういう人材に欠けている。欠け続けている」とあります。
 ここに言い訳したくなります。

*存在は意識を規定スル、これが正しいとすれば、今は「国を守れ、軍備なしに平和は守れない」この言葉が通じる現実があるから「武力で平和は守れない」は負けていると思う。戦後20年は「武力で平和は守れない」は常識で「平和は武力で守る」こんな言葉は通用しなかった。今では身近な現実がこのコトバに力を与えている。
 例えば中国社会主義は平和愛好国には見えない。昔の常識「社会主義になれば国家も死滅して戦争もなくなる」の正反対で、油断できない隣国になっている。だから自衛隊を“アブナイ隣国から国民を守ってくれる存在”と見て肯定する意識が国民の大多数となっている。
 負け惜しみになるかもしれないけれど、右翼に優秀な人材がいるからというより、左翼がこの現実に負けているから。現実に負けない、現実を乗り越える何かが要るのだが、左翼はそこまでの力を持てていない。その現実を乗り越える何かとは何だろう? 石崎さんはこれを自他に問うている。

*45年前、私をふるいたたせた(?)言葉は二つあった。
 同期入社のキリスト者から軽く言われた「リップサービスではだめ」がひとつと、もうひとつは、退職してアメリカの半導体会社に転職が決まった先輩の送別会でのあいさつ「世の中には自分のことしか考えない人とそうでない人がいる、自分は後者でありたい」だった。
 高度成長と反体制気分とが同居していた時代、私は当時の青年の平均として社会主義を知識として常識として賛同していただけだった。今思えばとても単純な言葉だったんだけど、この二つの言葉が心に沁み込んで、つまりふるいたって、人生のある決断をしたことを覚えている。
 自分の中の何かに思い当たる、自分の中に溜まった何かに点火されるように、ダムが静かに決壊するように、ふるい立つ(?)パターンだった。世の中には社会主義へのある程度の肯定的理解が共有されていて、それが自分の中にふるい立つ準備を作り上げていたと思う。
 今はそれと正反対の現実がある。だからこの現実に逆らうには相当の知恵と工夫が要るだろう。この現実を乗り越えるのは社会主義の刷新なのか、社会主義そのものと距離を置くことなのか? 自分は前者だけれど自信はない。集中登山のように両方でやってみればいいと思う。

*知り合いのキリスト者がふるい立ったのは「主が私の目の前を通った」からだそうだ。現実を乗り越えるふるい立ち体験をこのように言っていた。
 絶対者による人間救済の「はたらきかけ」であり、それによって自己中心主義的「自己」が客観的な、外の世界との関係の中に位置づけられた自己へと深まった。一人一人の現状肯定に対して「それでいいのか」と問われる。
 このようなふるい立ち、霊性による、自己の内面を絶対者の目で探られる、ものなのだろうか。

*社会主義との関係から離れられない左翼には不利な条件がある。資本主義はどんなに酷くてもボロクソには言われない。社会主義の基本的認識は「人間の歴史は法則によって動いている、この法則を把握して社会を制御すべし」である。資本主義は基本が自由、なんでもOK、悪いのも良いのも資本主義体制に責任がない、そこに住む人間の選択の問題。これと大きな違いがある。
 社会主義は社会の制御が基本、もちろん多数者での決定であることが前提だが、個が制約される制御によって個の真の(?)自由と解放を獲得する、そういう込み入った論理が基本。これは間違えてはいないのか、今までも何度も問い返されて来ているけれど。やはり歴史が法則によって動いている、の認識が問われている。そう思って納得してきたけれど。
・変わることのない法則:
 制御が有効なのは運動が法則に従っていることが前提である。物理科学の対象は物質とエネルギーであり、その枠組みを支えるのは物理法則である。物理科学の目的は物理法則を見いだし、そのもとで物質・エネルギーの世界で起こるさまざまの現象を説明することである。
 法則が支配することが物質界の特徴であり、このことを反映して物理科学の秩序原理は法則となる。法則は科学の進歩とともにその捉え方は変わるが、法則自体は未来永劫不変のものであり、われわれを含めて世界はその支配を逃れることが出来ない。 月へ行くには精密な制御が必須、月へ行く自由は精密な制御によって獲得されるもので、自由気ままな自由からは得られない。これは法則を知り、それを使って制御し、自由を獲得する例だが、物理化学が対象である。
・変わることのあるプログラム:
 人文・社会科学の対象となる生物界・人間界も物質界のように法則で支配されているとするのは唯物論の勇み足ではなかったか。吉田民人によれば――法則に代わってこれらの世界を支配するのは「プログラム」である。プログラムという言葉はすでに多くの分野で用いられているが、ここでは「前もって(Pro-)書かれた(Gram)」という意 味で用いる。
 生物界におけるゲノム、人間界における実定法はこの意味でのプログラムの典型例である。プログラムは環境の変動とともに変わり得ることが、未来永劫変わらない法則との大きな違いである。――
 社会主義の見直しは、存在は意識を規定する、まではいいんですが、法則の捉え方についてはこのレベルまで戻ることも考えた方がいいのではないか。
 いのちふるい立たせる、は自らの意志で法則から離れるときなのか、法則を悟って法則を自分の生活の中で体現したと思った時なのか?
 かなり脱線したので終わります。

植田さんから頂いた感想へのお礼と言い訳

 丁寧な感想をありがとう。ぼちぼち反応が返って来始めて、いま一番感じているのは、やはり発表して批判をいただかないと、自分の書いたものを客観的につかめないな、ということです。
 原稿の元は、吉良よし子が登場したときブログに書いたもので、その結末部分を書き換えました。共産党員の演説に不満だったのです。アピール力に欠けると思っていました。ところがユーチューブで吉良よし子の演説を聞くと素晴らしい。目の覚める思いがしました。
 ちょうどそのおり、村上春樹が「多崎つくる」のなかでウェスカーを取り上げ、稲沢潤子が選評で同じく取り上げたので、それはどちらも「調理場」だったのですが、ぼくは「黄金の都市」を思い出してしまったのです。半世紀前にウェスカーが感じて発した言葉が、ぴったり当てはまるじゃないか、と。
 ジャンヌダルクが唐突に出てくるのはじつはそのせいです。吉良よし子につないだからです。元のブログでは、そこからさらにドラえもんのしずちゃんと、三四郎の里見美禰子へと転がっていきます。「男が勝手に作る、男に都合の良い女性像」ということが気になっていたので、それを書いて、ちょっと恐縮して終わり、という筋書きでした。最後はユーモアでまとめたのです。
 ぼくの文章というのはこのように転々としていって、何を言いたかったのかわからないというものが多い。常にユーモアを取り込もうとするので、反語的な表現になります。エッセーとまでは思っていなくて、雑文という感じで書いているのだけれど、どうも読者には伝わりにくいようだ、と今回、気になっています。
 吉良よし子、しずちゃん、里見美禰子を削除したのは、あまりに話が最初と違う方へ行ってしまっていると思ったのと、吉良よし子がすでに古くなったからで、SEALDsのほうが、(書き直したときには)タイムリーだったからです。
 それで結局、初稿にあった「男が勝手に作り上げる理想の女性像への懸念」がもう少し一般化して、ポピュリズムそのものへの懸念に変化しました。
 書きながらその懸念が消えなかったし、「まがね」に送る段になっても、果たしてこれでいいのだろうかと迷いました。
 賭けだったのです。ポピュリズムがたいへん批判されている。本来理性で判断するべきです。でも政治の世界は違うのじゃないか。いかに正しいことを言っても、聴衆の心に響かなければそれきりじゃないか。
 そして「まがね」用に書き直した最初の原稿では、最後にそれを文学のほうへ持っていきました。文学作品もまた、心に響かなければ意味がないのではないか、と。最終的にそれを削ったのは、もともと文学雑誌だし、わざわざ春樹や稲沢潤子やウェスカーやモームやベッソンやシラーやバーナード・ショウから引っ張ってきたのだから、ほんとうは文学について言いたいのだということはわかるだろう、このうえ触れるとくどくなる、と思ったのです。

 ここまではすべて言い訳です。
 それで実際にもらった評はどうだったかというと、どちらが先だったか忘れましたが、Mさんからは、「全面的に同意する」という感想をいただき、ほかならぬUさん、あなたから、ポピュリズムに関する講演録をいただきました。それは「ポピュリズムは一概に否定するべきものとは言えない」という内容だったので、Mさんからのものと合わせて、このときまでは大いに我が意を得て、ポピュリズム批判が出なかったことにほっとしたのです。

 鳥取での研究集会では、課題作ではなかったこともあって、Mさん以外からはまったく話題になりませんでした。

 帰ってきてから「まがね」の合評で、あまり評判よくなかったのです。
 一口に言えば「まわりくどい」。前書きが長すぎて、言いたいことがなかなか出てこない。ポピュリズムやSEALDsについて言いたいのなら、ウェスカーなんかについてあんなにながながと書かなくていいじゃないか。
 今回、あなたも最初にそこに触れておられましたね。ウェスカーの部分がぴんと来なかった、と。

 なるほどですが、それについては後で触れるとして、今回のあなたの主要テーマに入ります。

1. 自分には感性的なものよりも理屈のほうがぴんと来る。
2. いま左翼が負けているのは、言葉が下手だからではなくて、左翼にとって困難な状況があり、それを左翼が説明できていないからである。
3. ときとして個人に決定的影響を与える言葉について。
4. 理想の不利と現実の有利について
5. 法則について。物理学と、人文・社会科学との違い。プログラムについて。

 いま5は置いておきます。たしかにマルクス主義教科書は法則を呪文のように唱えてきましたが、ぼくははじめからそれにはあまり関心を持たなかったので。(マルクスも、自分はマルクス主義者ではないと言っていますし)。
 4についてはあとで少し触れたい。
 3は1との関連であとで考えましょう。

 まずは焦眉の問題として2を取り上げます。
 結論から言えば、半分当たっていると思います。安全保障の問題も、社会主義の問題も、昔ほど単純ではありません。
 安全保障で言えば、たとえばトランプはしきりに挑発していますが、それで結果として金正恩が参りましたと言えば、トランプが正しかったということにだってなりえます。ぼくらがそれに危惧を覚えるのは、それがチキンゲームであり、万一窮鼠猫を噛むという事態がないとは言えないからです。そしてもうひとつは、力で脅して得られる平和は一時的なものにすぎず、恒久的なものとはなりえないだろうと思うからです。
 アメリカの軍事的支配のもとにある平和――それは正常な状態ではありません。とりあえず東アジアで、それが現実的解決策(次善の策)としてあり得たとしても、同じアメリカの軍事力が、アフガニスタンやイラクの罪なき人々の命をああまで無残に奪いとった現実を忘れるわけにはいきません。タリバンもフセインも誉められた政権ではありませんでしたが、アメリカがやったほどの大量殺人をやったわけではありません。
 全地球的、全近代史的に視野を広げるならば、その「現実的解決策」の欺瞞性は耐えがたいほどです。けれどもかくも広範囲に考えていかねばならない問題を、いま目の前にいる普通の人々に語りかけていくのは容易なことではありません。そこには経済や精神の問題も含めて人間生活のすべての問題が絡んでいます。昔ほど単純にものごとを説明できない。何冊も本を読んでもらわねばわかってもらえない。おそらくそういう時代に我々はいます。
 そしてそのうえに、我々自身の認識も変えていかねばならない。複雑な問題が生じており、解明できていないこともたくさんあります。左翼の間でも意見はさまざまでしょう。
 いま新しい言葉がいる。それは新しい言葉というよりも新しい認識なのかもしれない。だから、Uさんの問題提起も当然だと思います。
 しかしそれでも、政治は日々の好ましからぬ動きに対して抗していかねばならない。政治は学問ではありませんから。やはり日々の政治決戦に勝っていく必要はあります。
 我々が負けて彼らが勝つのは、彼らが正しいからですか。たしかに有権者の判断に迷いを生じさせる現状はあります。それでも彼らが有権者を説得してしまうのは、必ずしも理性的判断においてではない。彼らの言葉がパフォーマンスに優れている部分が少なからずあります。
 複雑な問題を複雑に語ったのでは、政治に勝てません。複雑な問題を、その根本をゆがめることなしに簡単明瞭な言葉に置き換えねばならない。
 そのときその言葉は厳密に言えばたくさん過誤を含んでいるだろう。でもそれが政治の言葉です。

 だからこの問題、左翼が負けているのは言葉のせいか、言葉以前の認識の問題なのか、ということへの回答は、両方あるのだというのが、ぼくの考えです。ポピュリズムを馬鹿にしてはならないとぼくは考えます。人間にとって大切なものは、決して理屈だけではないだろうと思います。感情も大切なのです。
 ここまでで、1、2、3を含んだ回答ということにさせてください。

 4の問題というのは、社会主義が理想として語られるので、理想と外れると強く責められる。それに対して資本主義は現実として語られるので、どんな欠陥があっても許されてしまう。というような趣旨で受け取りましたが、それでよかったのでしょうか。面白い問題提起です。かなり普遍的に考えることのできる問題だと思います。下世話で言えば、田中角栄が愛人に子供を産ませても誰も問題にしないが、共産党員がセクハラすれば除名されるというようなこともあるでしょう。でもとりあえずはいまここで取り上げている問題とは少しずれる感じです。

 そこで最後にぼく自身の「雑文」に戻ります。
 あれは小説でもなければ評論でもない。エッセーとも違うとぼくは思っていますが、というのはエッセーというとカミュの「裏と表」のような芸術性の高いものを連想してしまうからです。とはいえ、もちろんいろんなエッセーがあってよいわけで、同じカミュの「シジフォスの神話」は哲学的エッセーです。歴史エッセーもあれば、料理エッセーもある。旅行エッセーも、科学エッセーもある(福岡伸一はその名人です)。毎日の新聞を見れば、いろんなタイプのエッセーが山積です。だからぼくもエッセーと言ってもよいのだが、少し遠慮して「雑文」と自称しています。要するに書きたいことを書きたいスタイルで書いているわけです。
 でも今回、少し深刻に反省しています。つまりあれでは読者になにも伝わっていない。ぼくはいろんな伝えたいことを盛り込んで一つにまとめたつもりなのだが、そのどれもが中途半端になってしまった。
 ウェスカーにだれも興味を持ってくれなかった。ポピュリズムをだれも深刻に考えてくれなかった。主としてその二つがぼくの書きたいことだったわけだけど、誰もそういうようには読んでくれなかった。(Mさんとあなたを除いて。でも二人ともウェスカーにはあまり興味を持たなかったようで)。

 ということで、この、またしてもとりとめのない文章を終わりにしますが、でも反省してもまた同じ調子で書くんじゃないかなとも思っているのです。

植田さんから

 ブログを読みました。かなりモヤモヤが晴れました。(と思っている!)
 やはり、ウエスカーの調理場を観て感じたことが今の時代にピッタリだった、これがエッセイで言いたかったことなんですよね。だから調理場体験を共有できていない「感想」は肝心なところを外していましたね、ゴメンナサイ。
 私にとっては石崎さんが「いのちを、ふるい立たせる」を感じた調理場を疑似体験できる「解説」が書き込まれていれば、とも思いますが、でもそれは「まがね」の読者にはくどいですよね。
 お互いの言い訳はこれぐらいにして、後半について少し書き足します。

 石崎さんの「有権者を説得するのは、必ずしも理性的判断ではなく、パフォーマンスに優れているから。複雑な問題を、その根本をゆがめることなしに簡単明瞭な言葉に置き換えねばならない。左翼が負けているのは言葉か、言葉以前の認識の問題か、両方あるがぼくの考えです。ポピュリズムを馬鹿にしてはダメ、人間に大切なものは理屈だけではない、感情も大切」について。

 パフォーマンスという言葉から「メディアはメッセージである」を連想します。
 都知事選から希望の党立ち上げまでの小池百合子さんは、まさにメッセージを伝えるメディアだった。彼女はコトバも含んで、彼女自身プラス周囲の状況にピッタリはまりこむ強力なメッセージを発信するメディアだった、このメディアが理屈をあいまいにしたまま風を吹かせていた。
 そして「排除スル」の一言がメディアとしての小池さんを壊してしまった。理屈から言えば、根本的理念で不一致なら排除するのが当然で、小池さんは正直だっただけだけれど。
 共産党も綱領を認めなければ入れないし、排除される。メディアとしての小池さんは彼女の思想的本質に、何層にも理性的判断を麻痺させる簡単明瞭な表皮をかぶせた強力な存在だった。でも「排除スル」の一言でこの表皮が破れてメディアとしての力を失って、単なるウヨク的メッセージだけが剥き出しに残ってしまった。

 でも当初持っていたメディアとしての力は「いのち、ふるい立たせる」ような深い内容を持つものではなかったと思う。でも政治だから深くなくてもパフォーマンスに優れていれば、風が吹けば勝利する。石崎さんが言いたいのはここですよね。
 私の感想は「いのち、ふるい立たせる」言葉に拘ってしまったんだけれど、それは今石崎さんが関心を持っていることとは少しズレていたかも。政治的な風と「いのち、ふるい立たせる」とはかなり違うのではないだろうか。

石崎から

 ウェスカーのセリフについては、「調理場」ではなく、「かれら自身の黄金の都市」ですが、内容はあのとおりで、左翼指導者の演説がだらだらと続いていたときに、ひとりの労働者が、「いのちをふるい立たせてくれ!」(あんたの演説ではふるい立たないぞ)と抗議したというものです。その場に居合わせたアンディがそれをケートに伝えて、「どう思うか」と聞いているわけです。
 少し筋書きに触れると、アンディは貧しい建設設計労働者で、若いが既婚者です。その妻は、やはり労働者階級出身のはつらつとした可愛い女性ですが、知性的ではありません。そこに現れたケートはブルジョワ階級出身で、左翼かぶれの頭の切れる、魅力的な女です。もちろん芝居ですから、この男女の関係がそのままで終わるはずはありません。こういう設定がすぐぼくの頭に浮かんでしまうので、よけいにこのセリフが印象的に心に残ってしまったのです。ま、これは蛇足ですが。

訂正

「異邦人」のモチーフをどういうわけか「海」と書いていた。これはあきらかに「太陽」の間違いである。まあ、ぼくにとって太陽と海とは同じようなものだから、気づかなかった。しかし「異邦人」では海は一度しか出てこない。最初から印象付けられるのは太陽だ。修正した。

自転車の力学

 長い間、悩んでいた。
 自転車はエネルギー保存の法則とどう折り合うのだろうかと。
 同じ距離を行くのに、自転車は徒歩に比べて、何倍も速く到着して、しかも何倍も疲労が少ない。エネルギー源はどちらも同じ、人間の体内の内燃機関だけである。にもかかわらずより少ないエネルギー消費でより早く目的を達成できるのは、エネルギー保存の法則にまったく反しているではないか。
 だが、こんな馬鹿々々しいことに悩むのは、おそらく授業中に居眠りしていたぼくだけに違いないので、恥ずかしいから誰にも聞けなかった。かといって悩むのはたいてい自転車で走っているときで、ほかのときには忘れているから、何らかの書物で調べてみようともせずに何十年も経ってしまった。
 先日ふと思いついてネット検索してみた。すると意外にも、同じ疑問を抱いた人がけっこういて、質問している。
 最初に現れた解答は、自転車の力学と題して、難しい数式が延々と続いていく。ぼくは数学は中学で降参したから、見ても何が書いてあるかわからない。
 次に出てきた解答は、質問の意味をまったく理解できていない人のもので、そういう人が何人もいて、質問者は馬鹿じゃないのと書いている。自分こそ馬鹿なのだと気付いていない。
 そのあとにやっと解答らしきものに到達した。人間はただ立っているだけでもエネルギーを消費している。その上に歩くという動作は、瞬間瞬間に右左の一本足の入れ替えで、始終バランスを取り続けなければならない。それに引き換え自転車は座っていればよいのだから、エネルギー消費量がまるで違う。という解答だ。
 それはぼくも考えた。しかし、自転車だってバランスをとっているし、座っているのと立っているのとで、「まるで違う」と言うほどにはたして違うだろうか。これだけでは納得できない。
 するとその解答を否定する解答が現れた。
 そのエネルギー消費はそんなに違わない。違うのは時間である。同じ目的地に到達するのに、徒歩は自転車の何倍も時間を使う。だからエネルギー消費が大きい。坂を登る場合と異なり、平地での移動は、仕事ではない。(?)だからこの場合仕事量が同じという考え方ではなく、要した時間に疲労度が釣り合うと考えねばならない。(???)
 いま一つ納得できないが、何かヒントが含まれているような解答でもある。
 そういう過程を経、さんざん回り道をして最後に正解が現れた。
 ずばり言うと、摩擦の問題だったのだ。
 そもそも運動に、持続的なエネルギーは要らない。ニュートンのいわゆる神の一撃で、一度押せば、ものは永久に動く。地球は24時間で自転し、365日で太陽を一回りする。50億年まわり続けているが、止まらない。どこにもエネルギーの供給源はない。神の最初の一撃だけなのだ。
 それなのに、なぜ歩けば腹が減り、(歩かなくても減るが、歩けばもっと減る)、なぜガソリンがなくなれば自動車は止まってしまうのか。ひとつは地球上には空気があるから空気抵抗があり、もうひとつは地球が引力で人間や自動車を大地に縛り付けているからだ。
 それが摩擦だ。摩擦が大きければエネルギー消費は大きく、摩擦が少なければエネルギー消費も少ない。
 アイススケートを見れば一目瞭然だろう。もちろん技術が伴わなくてはならないが、スケートのうまい人は時速40キロを超えるスピードで長距離を走り、車とだって競争できるが、エネルギー供給源は自分の肉体だけなのである。
 歩くとは次のような動作だ。右足で蹴ったとき、左足は宙に浮いている。このときエネルギー効率はよい。だが次の瞬間、左足は地面に落ちる。このとき左足は滑らない。地面と左足との滑り摩擦は最大限に働いて、左足は停止する。即ち左足でブレーキをかけている。ここでついさっき右足に作用したエネルギーはすべて消費されて消えてしまう。これを繰り返すのが徒歩移動である。一歩ごとに運動―ブレーキ―運動―ブレーキを繰り返している。
 それに対して、アイススケートでは、着地した左足は止まらずに滑っていく。摩擦が最少なので、エネルギーはもう必要ない。最初の一撃でどこまでも運動を続ける。というわけにはもちろんいかない。摩擦はやはりあるし、空気抵抗は同じようにあるわけだから、いつかは止まるが、それでも徒歩よりずっと効率が良いことは簡単にわかる。
 ここまでくれば自転車も理解できる。自転車の場合は転がり摩擦で、これが平地における通常状態では(地面が凍ってなければ)、滑り摩擦よりずっと効率が良いことはわかるだろう(登り坂では異なる)。
 同一仕事に対するエネルギー消費量とは、摩擦の大小を中心として、その他種々のエネルギーロスとのたたかいの結果だったのだ。自転車にはそのための工夫が満載である。

 解答を得てみれば、なんだそんなことかというほど簡単明瞭な解答なのだが、そしてもちろん物理の授業中に居眠りしていなかった人にはもとより常識なのだろうが、しかし思っていたほど馬鹿々々しい疑問でもなかった。滑稽な解答もたくさんあった。摩擦という考えかたに到達できなければ、決して解決できない問題ではあった。

モチーフに関する一考察

 モチーフというフランス語は、音楽や絵画については昔から目にもし、耳にもしてきた。しかし、小説に関しては、たまにちらっとかすめるような形で触れられることはあっても、ことさら強調されることはなかった。ところが最近民主文学の評論家たちが盛んにこの言葉を用いるようになり、それに対して違和感がある。
 というのはこのフランス語が単に創作衝動というくらいの意味合いで使われているからだ。それなら何もフランス語で言わなくてもいい。民主文学以外の日本社会で、このフランス語はもう少し違う意味で使われている。
 音楽では、繰り返し現れてくる小さな旋律の一単位である。美術では、たとえばフェルメールで言えば、彼の全仕事的には光であったり、あるいは「真珠の耳飾りの少女」に特定すればもっと直接的に耳飾りそのものであるかもしれない。
 詩の場合は、ポーで言えば、「大鴉」ならカラス、「アナベル・リー」ならアナベル・リーがそのままモチーフであるという気がする。(かなり独断的に言っている。異論もあろうが、モチ-フという言葉の使われ方の例示として言っている)。
 小説の場合、例を探すのが難しい。
 要するに何を言いたいかというと、モチーフというフランス語の元来日本で使われてきた用例は、動機とか創作衝動とかいう日本語にはなりにくい。
 素材があり、テーマがあり、プロットがある。動機と言った場合は主意的な意味が強くなる。テーマとはまた違うとしても、テーマとの親和性がある。それは、表現以前的なイデアである。だがモチーフは、表現上の素材に密着したものとして現れる。モチーフは、その作品を構成する表現上のかなめとなる要素、という意味合いが強い。音楽、美術、詩の世界では、素材の中のポイントとなる部分、作者にその作品を造らせた表現上の動因となった一素材を指す。
 これを小説で例を探すというのは難しい。
 だが、強いて言えば、「異邦人」なら、太陽がモチーフかもしれないし、あるいは母がモチーフかもしれない。その二つのイメージは音楽において繰り返し出てきてその音楽を特徴づける旋律のように、「異邦人」という作品のバックミュージックのようにしてずっと作品を特徴づけている。
 小説においてモチーフという言葉を使おうとすれば、そういう使い方をせねばならないのではないか。
 それを動機と翻訳できないと言っているわけではない。だが芸術を造ろうとする者にとって、動機を表現上の動因と切り離すことは難しい。作者は単に何かを主張する器として表現手段を利用しようとするわけではない。表現者にとっては表現そのものが第一義的な目的なのであって、何かのために利用される対象ではない。その表現そのものが彼の主張なのだ。どのように表現するかということが主張なのである。
 日本語で動機と言ってしまうと、動機のなかのそういう側面、表現上の動機という側面が、切り捨てられてしまうように思える。

習近平報告

 <中国流社会主義像を批判しぬくことなしに、他の国で社会主義を掲げる勢力が維持されることはない>(松竹伸幸の「習近平報告批判」より)
 3時間半の習近平報告をすべて読んだというのだから、ご苦労なことだ。かいつまんで要点批判をやっている。その4回目だかにこの言葉を書いている。ぼくがむかし岡山県党の担当者に口を酸っぱくして言った内容と一緒だ。
 ほかの党員にもだいぶ言ったが、誰の答えも同じ。「中国は中国、日本は日本、それぞれ別の道を行くのだから、気にすることはない」
 でも、どこがどう違うのか説明してもらわねばわからないでしょう。
「日本共産党は内政干渉はしない。アメリカに対してもどこに対してもしたことはない」
 それはそうかもしれないけれど、でも資本主義批判はやっているし、アメリカを名指しはしていないのかもしれないけれど、ヨーロッパの資本主義を他の資本主義と区別するような形で、よりましなもの的な評価は与えていた(いまヨーロッパもめちゃくちゃになってしまったが)。
 他国を名指しすれば内政干渉になるなどと言っていたのでは、いまや日本の内政も語ることはできない。時代はすでにグローバル化している。
 いつまでも古い呪文を唱え続けるべきではない。

選挙を終えて

 今回の選挙結果についてはだいたいほかの人が言っていることと同じなので、今更書いても仕方ないのだが、一応短くまとめる。
 自民党圧勝は当たり前。これが小選挙区制度というもの。野党が分裂すれば与党の一人勝ちになる。
 民進党は分裂して正解。自民党と変わらない層が前原と一緒に小池希望へ行った。枝野立憲民主は自民党への対立軸としてすっきりした。
 社会党が復活したような感じ。
 自民党に賛成の人は自民党に入れるのだから、第二自民党を作っても意味ないのだ。自民党に反対の人の受け皿がないので、従来やむを得ず民主=民進党に投票してきた。この党は右から左までの寄り合い所帯で、いずれは別れねばならなかった。今回別れて、自民党に反対の人の受け皿ができた。社会党が復活したのだ。
 国民は(有権者は)社会党を求めていた。であるのになぜ社会党は消滅したのか。しかも、土井たか子が「山が動いた」と言った直後に社会党は消えてなくなった。
 要因はいろいろある。しかし最も根本的な原因は、中曽根戦略が図に当たったということだろう。
「国鉄を民営化すれば、国労はつぶれる。国労をつぶせば、総評もつぶれる。総評がつぶれれば社会党がつぶれる。そうすれば憲法を改正できる」
 と中曽根は言ったそうだ。(そうだというのは直接確認していないので)。
 社会党は自民党でも共産党でもない層をずっと代表してきた。その強みは総評を握っていることだったが、それはそのまま社会党の弱みだった。社会党独自の組織というものが存在しない。世論の支持は得るが、選挙の手足とも資金源ともなる組織が総評以外にない。総評が消えると同時に党も消える運命にあった。
 自民党でもない共産党でもない層を代表する政党のこれが常にアキレス腱である。動けば票は入る。だが動いてくれる人がいない。
 今回、枝野立憲民主が生まれた。生まれたのはいい。誰がこれを支えるかなのだ。動けば票は入る。だが、誰が動くのか。誰かが動かねばこの党もやはりつぶれる。
 志位共産党が動くのだ。共産党が立憲民主を支えるのだ。小選挙区制のもとでの野党のあり方としてはそれしかないのである。小選挙区制が始まった最初からぼくはそう主張してきた。民主党が政権を取る前から主張してきた。政権を取らせてしまってからでは遅い。政権を取る可能性のないうちから、この党に協力する。誠実に協力すれば、相手も誠実に応えてくれる。共産党の政策に耳を傾けてくれるようになる。
 共産党抜きに政権を取るとすれば、結局連合に頼るか、地域ボスに頼るかしかない。どちらも保守の道であり、第二自民党の道だ。
 志位の決断は正しい。あとはともかくやってみるしかない。双方がどれだけ正しく対応できるかだろう。
 不一致点はたくさんある。一致しえないことがらは置いておくしかない。一致できるところで、どれだけ国民の要望にこたえていけるかを追及していくしかない。
 従来、共産党がすべての協力関係に失敗して来たのは、共同しながらもリーダーシップをとろうという動きがあまりにも目に付いたからだ。
 主張するなとは言わないが、協働相手に対する誠実さだけは失ってはならない。それがいちばん大事なことだ。
 道はある。その道を進むかどうかが問われている。

オーウェルとドイッチャー  Tさんに

 <しかしアメリカなどでは、一般的には反共主義のバイブルとしても扱われた。アイザック・ドイッチャーは1955年に書いた『一九八四年 - 残酷な神秘主義の産物』の中で、ニューヨークの新聞売り子に「この本を読めば、なぜボルシェヴィキの頭上に原爆を落とさなければならないかわかるよ」と『1984年』を勧められ、「それはオーウェルが死ぬ数週間前のことだった。気の毒なオーウェルよ、君は自分の本が“憎悪週間”のこれほどみごとな主題のひとつになると想像できたであろうか」と書いている>

 ドイッチャーのこの文章はぼくも読みました。けれどもこの言葉がアイロニーとして発せられていることは、もちろんご承知でしょうね。
 芸術を理解できない一般大衆がジョージ・オーウェルの作品をとんでもなく誤解していることを嘆いているのです。
 芸術にはそういう危険がつきものです。

 文学作品に論理的整合性を求めるのは筋違いでしょう。また、大衆啓蒙的役割を期待することもできません。

 しかもそれは、なおかつ何かなのです。不幸なことに、誤解されることの多い作品であっても、それを上まわる何かを社会に還元する作品であろうと思います。

 ぼくは全肯定や全否定の態度は、何事に対しても取りません。現実に直面して、どこに問題があるのか、どこに解決の可能性があるのかを探ろうとするだけです。

 世の中に「ひらけゴマ」はありません。「ひらけゴマ」ではないものを探し求めるのが文学であろうと思います。

こうの史代「この世界の片隅に」

 これも、記憶を書いた作品である。と同時に今回、小説とは(これは小説ではないが、小説とも共通することとして)生活を書くものなのだ、といまさらではあるが気づかされた。そうしてたとえば身のまわりのアマチュア同人の書くものを振り返ってみても、女性作家には丹念に生活を書き込んだものが多い。男のほうは、どちらかというと観念に傾いてしまう。特にぼくはそうだ。しかし読者の立場に立てば、小説で理屈を聞かされたってちっとも面白くないのであって、やはり人間の生きる姿を見たいのだ。
 というふうに考えると、ぼくは小説家には向いてないな、と思ってしまう。ぼくは生活なんか書きたくない、理屈を書きたいのだから。
 そしてまた「記憶」という言葉にも引っかかってしまう。福岡伸一にとって記憶が生命だとしたら、ぼくにとっては忘却が生命なのかもしれない。
 ということは、まあ、置いておこう。

 福山駅前のホテルの屋上で、星空の下の映画祭が開かれた。「この世界の片隅に」をやるというので観に行った。
 というのは、映画館で観るつもりにしていたのが、予定していた日に次々用が入って行けなくなってしまい、ま、いっか、じきにツタヤに置くだろう、と諦めていたら、この企画が舞い込んだのだ。
 福山に住むようになって7年半(妻は6年)だが、住んでいるのはとんでもない山の上なので、福山の街なかのことはほとんどわからない。それで目当てのビルを間違えて、あたふたした。(企画の載っていた新聞をぼくが廃品回収に出してしまったせいだと、さんざん叱られた)。
 屋外なので暗くならなければ上映できないのだが、まだ明るいのに慌てたのは、定員いっぱいになると入れないということだったらしい。
 着いてみると、テーブルも椅子もない。たいして広くない空間で、片側に大きなスクリーンを組み立て、その前の芝地のようなところにそれぞれ敷物を敷いて場所取りをしている。まだ少人数しか来ていない。夕食をやりながら映画を観るのだというから優雅なことを想像していたら、夕食というのは屋台だ。あまりうまくない焼きそばと、思いっきりまずい「懐かしの」カツサンド(むかし映画館で出していたものを再現したそうだ。再現しなくていいのに)。ビールも売っているが、万一運転を代わる場合のことを考えて我慢する。
 食べながら見渡すと、はしのほうに椅子席が少しある。さっそくそこに移動したのは正解だった。二時間待った。徐々に人が増えてくる。老若男女を問わず来る。高校生も多い。だんだん日が落ちて寒くなってくる。(結局風邪をひいた)。そのうち妻が「カレーとビールを買って来い」という。ぼくは用心して免許証だけはポケットに入れていたが、メガネを忘れた。老眼が進んだせいで近眼が治り、メガネなしで更新できるようになったが、夜はメガネなしでは少し怖い。そう言ってビールをあきらめさせた。何故メガネを忘れるのかと、また叱られた。カレーは売り切れだった。
 トイレはホテルにある。エレベーターの横のフランス窓から入るとホテルのフロントだ。どうやらここからさらに上がホテルになっているらしい。うろうろしていると受付のお姉さんが場所を教えてくれた。
 少し暗くなるといろいろな映画の予告編を始めた。何回か予告編をやっているうちに時間が来た。さして広くない屋上だが、すでに満員である。
 メガネは忘れるし、耳はもともと悪いのだが、スクリーンも大きく、音も大きいので、問題ない。屋上に面したホテルの部屋は数えるほどしか明かりがついてない。窓を開けて映画を見ている人もいた。星空といっても、街の明かりで星は見えない。
 映画が終わって監督が出てきた。インタビューに答えてかなりの時間しゃべったが、残念ながら、これは顔も見えず、声もほとんど聴きとれなかった。
 聴きとれないなりに洩れ聞いたのは、「戦前戦中の日本にも普通の生活があった。戦争がそれを徐々に壊していく。こうの史代はそれを描いた」ということだった。
 そうなのだ。生活なのだ。それを書くのが小説なのだ(小説ではないが)。
 何日かして妻が原作の漫画を買ってきた。漫画もよかった。巻末の参考文献を見ても、この若い漫画家は徹底的に資料を読み込み、老人たちに取材している。半端じゃない。だが、もし作品が資料や取材に負けてしまったら、それはフィクションとしては負けである。この作家は取材したものをよくこなし、そのなかで想像力の翼を広げている。
 こうの史代は生きている人間を書いたのだ。人間は生きているということを書いたのだ。生きている人間が殺されたということを書いたのだ。

 映画の本筋とは別に記憶に残ったことをいくつか。
 主人公すずは広島から呉に嫁いだ少し頭のぼんやりした女性だが、絵の才能があり、画くことが好きである。呉には海軍の基地があり、造船所がある。大和が浮かんでいる。すずはそれを画いていて憲兵につかまる。この部分が先日「民主文学」8月号で読んだ倉園沙樹子の「巨艦の幻影」とまったく同じなのだが、たぶん実際にそういうことがあってそれが伝承されているのか、あるいはこの漫画が小説のヒントになったのか。
 小さな漁村だったところに海軍基地が出来、軍需産業が興って都市化する。ところが第一次大戦後の軍縮条約で軍艦の建造数が制限され、街はたちまち不況に陥る。大勢が解雇される。一時盛り返したが、また新たな軍縮条約でさらに大規模に解雇され、街は灯の消えたようになる。ところが満州事変が勃発すると、街はいっぺんにまた繁栄を取り戻す。
 先日朝日新聞でもそんな記事を読んだ。日中戦争が始まってからでさえ、日本中が好景気に沸き、銀座はモダンガールたちで華やかだったそうだ。

 一見、これはジョージ・オーウェルの書いたことと反するように見える。ジョージ・オーウェルの小説では、国民の消費生活を貧しくし、もって格差を維持し、それによって支配を容易にする目的で、生産力を消費物資から奪って軍需に用いる。
 だが、現実の日本史では、軍需が国民の経済を豊かにし、軍縮が貧しくしたのだ。
 けれども、歴史は最後まで見るべきだろう。軍需産業で国民が豊かになったのは一時的なことだった。戦争が長引くにつれ、消費物資の生産はどんどん落ち込み、国民生活は極度の貧困に陥ってしまった。日本の経済が戦前の水準を取り戻したのは、敗戦から10年も経ってからである。それも朝鮮戦争の特需でドルが大量に流れ込んだせいだ。
 それにしても戦争が経済を豊かにすることもあるということをどういうふうに理解したらよいのだろうか。
 ウォール街のブラックマンデーに始まった世界大不況からアメリカが立ち直った原因として常に二つのことが指摘される。ルーズベルトのニュー・ディールと第二次世界大戦への参戦である。
 どちらが真の原因かという議論があるようだが、どちらも原因でありうる。資本主義とは、要するにマネーの回転である。マネーがうまくまわれば経済はうまくいき、どこかで詰まれば、止まってしまう。コストダウン競争の結果、マネーが資本の手に集中し、労働者が貧しくなれば、需要が消滅して、経済は止まってしまう。資本の手にあるマネーを強制的に吐き出させる装置が必要なのだ。
 ケインズは「穴を掘ってまた埋め戻すだけでもよいのだ」と言った。何も生産しなくても、失業者が仕事を得て賃金をもらうようになれば、彼らはものを買う。そうすれば物が売れて生産が活発になり、景気は回復する。
 だが、その賃金はだれが払うのだ。誰がと言えばマネーのあるところしかない。マネーが滞っているところからまた流れ出させればよい。資本家から強制的にマネーを取り上げて分配すればよいのだ。
 戦争はまさに穴を掘ってまた埋め戻すだけという不毛で非生産的な活動だが、少なくとも資本家の手から労働者の手にマネーを還流させる役割は果たした。
 ニュー・ディールは、ミシシッピーのいたるところに大規模ダムを作って、農業用の灌漑に供するとともに、水力発電で電力需要を賄った。国民生活に寄与することに労働力を使ってなおかつ、失業者に仕事を与え、それにコンクリートもトラックも必要だし、こうしていたるところにマネーをばらまき、それが消費を活発化させて景気に貢献したのだ。
 穴を掘って埋めるだけでも効果はある。しかしそれは一時的な効果で、結局は労働力の無駄使いだ。戦争もそうなのだが、一時的な効果はあるのだ。いわゆる公共事業、箱物建設も、その一時的効果と、将来的に経済インフラとして役立つのか、需要予測や、後々の維持費、生活や文化への貢献度まで計算に入れて考慮する必要はある。

 話がだいぶずれているが、そういったことも含めて、戦前と一言で言うけれど、決して今とそんなに違う社会ではなかった。いろいろ便利なものはなかったけれど、そんなに不幸な生活だったわけではない。
 その社会を間違った方向へと引きずっていく力があって、引きずられてしまう国民がいて、そしてあっと気付いた時はもう遅かった。

 ここに描かれたのは生活であり、伝承の中の生活である。記憶は正しく伝承される必要がある。それが改竄されるとき、人類は危うい。これはジョージ・オーウェルの主題でもあった。

カズオ・イシグロと記憶

 カズオ・イシグロの名はエストリルのクリスマスローズで以前から目にしていたが、読んだことはなかった。サマトラケのニケの著者が、全作品を読んだのはカズオ・イシグロだけと書いている。この人の読書スピードの速さにはいつも驚いているが、守備範囲の広さもなかなかだ。エストリルもニケも、もう一人たんたん老人も、その読書量の多さに目を見張ってしまう。たいへん刺激になるのだが、真似はできない。
 ニケさんは画家で国の内外いたるところを旅して歩いている。先日はわが福山に来て、鞆の浦をブログ上で写真付きで紹介してくれた。福山は観光資源に乏しくていつも悔しい思いをしているので、ニケさんが鞆の価値を認めてくれてうれしい。鞆と尾道はぜひ見に来てほしい。
 という方向に話が滑ったが、そもそもカズオ・イシグロについて書くことがあるわけでもない(読んでないので)。
 ただ、彼原作の映画を10年ほど前に見たという覚えがあって、どれがそうだったのだろうと調べてみたら、「上海の伯爵夫人」だった。ロシア革命を逃れて上海に来た伯爵夫人が、家族を養うために売春しているというつらい話だった。日本人憲兵だとかの役で、真田広之が印象に残った。
 すでに戦前のあの時点で国際都市だった上海、というふうに考えると、なにがしか感慨がある。
 ところで、福岡伸一が朝日新聞でカズオ・イシグロについて書いている。この生物学者の守備範囲も驚くべきで、ほとんどのイシグロ作品を読んでいるらしく、それぞれ寸評を述べている。本人と対談したこともあるようだ。生物は動的平衡であるという持論を福岡が述べると、イシグロはわが意を得たりと、生命とは記憶なのだと言ったとかいう話である。彼の最新作がニューヨークで酷評されたが、福岡によると、これも人類の記憶をめぐる新しい挑戦なのだとか。
 記憶というキーワードがちょっとつらさをともなってぼくの脳をかすった。

ジョージ・オーウェル「1984年」

「1984年」をようやく読み終えた。1カ月かかってしまった。日本字の字数で400字詰め800枚くらいの作品である。
 30年前の文庫本であるから、字は小さいし、紙は黄ばんでいて読みにくいことこの上ない。新訳が新しい文庫で出ているのだから、それを買えばよさそうなものだが、なぜか意地を張ってしまう。
 驚くべき本だ。天才的な作品である。
 書き上げたのが1948年だから、36年後のことを書いた近未来小説である。だからと言って「動物農場」ばりの寓話を思い浮かべたら、まるでまちがう。リアリズム小説だ。
 架空の世界なのだが、描写がじつに丁寧なので、実在感がある。我々が一行で済ましてしまうようなところを何ページにもわたって書く。こういうものを読むと、我々アマチュアはずいぶん書き急いでいると感じてしまう。描写の面からだけ言っても、文学性が豊かである。しかも、内容が人間性の深奥に迫っている。
 三部に別れていて、最後に付録がある。主人公はウィンストン・スミス、39歳。
 ところはロンドンなのだが、イギリスではない。オセアニア国、エアストリップ一号の首都である。それが地理的にどういう構成になっているのかは第一部では明らかにされない。
 政府には四つの官庁しかない。真理省、平和省、愛情省、豊富省の四つである。これらの省の名称は引っ繰り返せば正しく実体を表す。真理省は嘘を作り出し、平和省は戦争し、愛情省は反抗するものを罰し、豊富省は国民を貧しいままにとどめおく。
 ウィンストンが勤務するのは、真理省の記録局である。そこでの仕事は記録の改竄だ。(まさに安倍内閣がやっていることだね)。現実がどんどん過去の文書と食い違ってくるので、過去の文書を書き換えてつじつまを合わせる。それが仕事である。
 同じ真理省の創作局では小説を作っているのだが、そこで働いている若い女性は、油にまみれてスパナを持ち歩いている。小説を作るのは機械なので、機械の不具合を修理するのが創作局の仕事なのだ。
 この女性がジューリア、26歳。
 <目鼻のはっきりした27歳ぐらいの女で(あとで26歳と分かる)、豊かな黒髪にそばかすだらけの顔と、いかにもすばしこく、スポーツで鍛えたような身ごなしをしていた。青年反セックス連盟の象徴である幅の狭い深紅色の飾り帯を幾重にも作業服の胴回りに巻きつけていて、ヒップの曲線を際立たせるほどきゅっと締めてあった。ウィンストンは彼女を最初に一瞥した瞬間から気に入らなかった>
 なぜ気に入らないか? こういう女は決まって狂信的な党活動家なのだ。
 この社会は二つの階級から成り立っている。党員階級と、プロレ階級である。プロレ階級は以前とまったく変わらない生活をしている。貧しく、無知で、労働に明け暮れている。
 党員階級にも内局員と外局員とのヒエラルキーがあり、外局員はたいして豊かではない。官庁で働き、アパートに住んでいる。彼らの住まいにはテレスクリーンがある。テレビのようなものだが、スイッチを切ることができない。音は多少調節できるが、消すことはできない。しかもこれは同時に、カメラでもあればマイクロホンでもある。朝7時15分にすさまじい音で住民を起こし、体操をさせる。いい加減なやり方をしていると、テレスクリーンの映像の中の女が名指しで注意する。
 <6079号、スミス・W! そうです。あなたです! もっと腰を曲げてください!>
 という具合だ。私生活をすべて監視されている。
 テレスクリーンは街頭にもある。いたるところにある。だが、プロレの住まいにはない。プロレは反抗しないと信じられているのだ。
 党員の子供たちは「スパイ団」に入る。つまり「ピオネール」である。西側世界で言えば「ボーイスカウト」だ。年長になると、「青年反セックス連盟」に入る。これは「コムソモール」、共産主義青年同盟であろう。むかしの日本の農村で言えば青年団だ。
 党員は厳しい監視下にある。反抗するとしたら党員階級だからだ。
 セックスは快楽のためにしてはならない。子供を産むためだけにする。ウィンストンの妻は党の方針に忠実な女だった。セックスを喜ばず、義務としてのみ受け入れた。だが子供が生まれなかったので、事実上別れた。でも離婚することはできない。
「ビッグ・ブラザー」の肖像がいたるところにあり、新聞は彼の動向と演説を紹介する。それは絶対的な存在である。一方、ゴールドスタインは反逆者で、憎むべき敵である。誰もが彼を憎まねばならない。
 オセアニアは戦争している。ときどきロケット弾がロンドンのどこかに落ち、何名かが死ぬ。ときには戦争捕虜が街路を行進させられる。テレスクリーンは戦況を報じ、また経済的成果を報じる。どちらもころころ変わる。変わるつど修正され、変わらなかったことにされる。
 戦争の相手はユーラシアだったり、イースタシアだったりする。しょっちゅう変わるのだが、変わるつど記録が書き換えられ、ずっと同じ相手と戦争していたことにされる。すべての文書が毎日書き換えられ、古い文書は回収され処分される。ウィンストンはこの書き換えのプロなのだ。
 第一部にはいろんなタイプの党員たちが出てくる。この党員たちが第三部でそれぞれどういう運命をたどるか、そこにも人間性の洞察へのひらめきがある。登場人物たちを忘れないようにメモしながら読むのがいいかもしれない。
 第一部の最初から、ウィンストンはこの体制を嫌がっている。しかし党員はがんじがらめの監視下にあって反抗は不可能である。希望はプロレにあると思うのだが、商店の物不足にいまにも暴動を起こすかと思われたプロレの女たちは結局はお互い商品の奪い合いをすることに熱中してしまう。
 改竄を重ねて何が真実かわからなくなった過去について老人の記憶を呼び戻そうとしても、プロレの老人が思い出すのは細切れで自分勝手な断片だけだ。
 だが、ウィンストンのまわりで何かが起こりそうな予兆をはらみつつ、第一部は終わりに向かっていく。そこにジューリア(この時点ではまだ名前はわからない)の影が付きまとう。この女は党のスパイで自分を監視しているのではないかとウィンストンは疑う。ウィンストンの彼女への嫌悪の気持ちが激しい言葉で書き連ねられる。だが、書けば書くほど、ウィンストンの言葉と心は逆ではないかと読者は自然に勘づいてくる。こういう表現の仕方は心憎い。恋愛小説で使われる手法だ。

 第一部は未来世界の描写で、それも説明抜きにウィンストンの日常生活の描写の中で語られるだけだから、わかりにくく、ストーリーの展開もないから単調だ。
 第一部で心に留めておくべき言葉がある。
 <その方法は分る。しかし、その理由が分らぬ>
 党が人々を支配している方法はわかる。だが、なぜ支配せねばならないのかがわからない。この疑問がウィンストンをずっと引きずっていくことになる。答えは最後に明かされる。
 第一部で読むのが嫌になった読者は、飛ばして第二部から読み始めるのがいいかもしれない。
 一転して恋愛劇が始まる。ジョージ・オーウェルもヨーロッパの小説の伝統のうえに物を書いているのだと知らされる。特に第二部の第二章は明るく、楽しい。

「いいかね。君の関係した男が多ければ多いほど僕の愛は深くなるのだ。わかるね?」
「ええ、よくわかるわ」
「僕は純潔なんて嫌いだ、善良さも真っ平だ。どんな美徳も存在して欲しくないのさ。どいつもこいつも骨の髄まで腐ってしまえばいいと思うのだ」
「じゃ、わたしはおあつらえ向きの相手よ。わたし、骨の髄まで腐りきってるもの」
「こんなことをするのが好きかね? 僕とだけするという意味じゃなくて――つまり、あれそのものが好きかということなんだ」
「好きでたまらないわ」

 普通の世界ならこれはなんでもない言葉だ。だが、「1984年」の世界でこれらの言葉が意味するのは、
 <二人の抱擁は一つの戦いであり、その最高潮は一つの勝利であった。それは党に対して一撃を加えることであった。それは一つの政治的行動であった>
 しかし、ここで読者は単に愛の美酒に酔うだけであってはならない。二人の関係が進むにつれて、ウィンストンとジューリアの関心のありどころの違い、ものの感じ方、考え方の違いが表れてくる。
 体制に対する反抗心という点では一致しながら、ウィンストンは理屈っぽく、ジューリアは感覚的だ。ウィンストンが体制批判を語り始めると、ジューリアは退屈して眠ってしまう。ジューリアにはそんなことはどうでもよいのだ。ともかくこの世界がいやなのだ。いやだけれど、本心を暴かれれば身の破滅だから、巧妙に立ち回り、党の盲目的支持者のようにふるまう。人々を欺くのに巧みで、そして人間の自然な欲望に応えてくれる相手を見つけ出す嗅覚を持っている。
 もちろんここで描かれたのは、伝統的な男女観そのままなのだが、それは単に男女の違いを描いたわけではない。独裁政治を成り立たせる人間心理のひとつがそこにも表現されている。第一部で出てきた党員たち、あるいはプロレたち、あるいは「スパイ団」の優秀な子供たち、そのさまざまなタイプが、独裁政治を成り立たせる人間的要素としてある。
 ジューリアは最も人間らしい人間であり、人間がなぜ独裁政治に対してノーを言わざるを得ないかということを根源的な人間性において表現する存在であり、しかも、なおかつ独裁政治のなかに飲み込まれていく存在なのだ。
 <「君はウエストの下だけが反逆者なんだね」>

 第二部の後半は、党の敵ゴールドスタインの文書という形式を借りながら、「1984年」の世界を初めて系統的にあきらかにしていく。
 第三部は逮捕から処刑まで。
 付録は新語法、ニュー・スピークについて。ここにもスターリン主義へのオーウェル流の皮肉がある。

 この本を最初から最後まで読み通した読者は、おそらく一か月ほどは絶望的な気持ちに沈み込んでしまうだろう。どこにも救いがない。しかしたぶんこの絶望は必要な絶望なのだ。
 <「あなたの心の中までは入り込むわけにはいかないもの」彼女はそういったものだ。が、彼らは現に心の中まで入り込んで来た>
 戦いに敗れて処刑される主人公に読者がヒロイズムを見出すのは、そのヒーローたちが身は敗れても、心は敗れていないからだ。だが、ジョージ・オーウェルの主人公たちは、心のなかまで敗れるのである。
 この作品の権力は行為をではなく、心を罰する。安倍内閣がやろうとしていることだ。心を罰するためには、単に処刑するだけでは足りない。まず心を改造し、自分に従わせる。しかる後これを処刑する。

 <その方法は分る。しかし、その理由が分らぬ>
 第二部のゴールドスタインの文書のなかで、この問題が追求されていく。
 近代の機械文明は、生産を飛躍的に効率化した。いまや人類の需要は十分に満たされるはずである。なのに、なぜ、貧困が存在するのか。
 手っ取り早く言えば、貧困がなくなれば階級がなくなり、権力がなくなってしまうからだ。それでは困るので、権力は近代的生産力を戦争に消費する。戦争は実際には行われていない。だが行われているということにしてときどきロケット弾を自らロンドン市中に撃つ。こうして生産力を武器の生産に消費し、それによって大衆を貧しいままにする。経済的格差があれば、階級は維持され、権力は続いていく。
 だが権力はなぜなければならないのか。その答えは最後に解きあかされるだろう。
 ここに描き出される生産力と貧困と階級と権力の関係はかなりおおざっぱなものになっているが、それでも示唆には富んでいるはずだ。そこに戦争を据えたのも、見事な象徴であったと思う。
 ちなみに「樹宴」の10号11号の読者は、守屋陀舟の戦争小説と「1984年」の類似性に気づくだろう。「1984年」では実際に戦争している人たちは描かれていない。これに反して守屋陀舟は戦争の当事者たちを書いた。だが敵は書かなかった。おそらく敵はいないのだ、「1984年」と同様に。

 トランプが登場してから、「1984年」はアメリカでベストセラーになったという。この作品はもちろん直接的にはスターリン主義の批判である。それはソ連の体制をみごとにカリカチュアライズし、その支配の方法を喝破している。と同時に支配を成り立たせていく上での普遍的な人間性のありようにも迫っている。
 こうしたスターリン主義的なものが、各国の共産党のなかにも存在した事実は否定できない。我々は事実に対して素直であるべきだし、そこから教訓をつかみとるべきだろう。
 しかし、この作品はそこにとどまっていない。権力と人間性に対する深く鋭い洞察は、あらゆる権力に向かっている。
 そこにこの作品の普遍性がある。だから、トランプ現象のなかで、それへの警告として、いまアメリカ国民にこの本が読まれているのだ。
 ここには安倍政治への批判もまた如実に書かれていて、その先見性に驚かされる。

松竹伸幸

 松竹伸幸の意見のすべてに同意できるわけではないが、その姿勢には共鳴する。
 彼は合意を産み出そうとしている。われわれが直面している課題の解決のために、無数の異なる意見のなかから、可能な一致点を探り出そうとしている。首をひねるような内容もかなりあるけれど、少なくともその姿勢は道理にかなっている。
 最新のブログ記事<「前原さん、頑張れ!」のワケ>(たいへん刺激的なタイトルだが)のなかの次の部分が興味を引いた。
 1980年代の終わりのころ、「世界青年学生祭典」に向けて、日本の青年分野の10の団体が、統一した取り組みのための一致点を見いだすべく話し合いをしていた。松竹伸幸は民青同盟国際部長として、とりわけ食い違う社青同との間で合意つくりに努力した。努力はいったん実を結んだのだが、あとになって宮本顕治が介入してひっくり返してしまった。
 その成功と失敗の教訓として以下を指摘する。
① 「こいつは本質的におかしなヤツ」と思って接しない。本当にお互いが心から共闘を望んでいるという前提で、誠意をつくして話し合う。そうしないと合意は生まれない。
② 現場の実感が方針の基礎にならなければならない。

 含蓄のある言葉だ。いま、必要な態度だろう。

「憲法9条」再掲について

 憲法9条に関する4年前の記事を再掲したが、長すぎて誰も読んでくれそうにないので、取り急ぎ分割した。少しは読みやすくなったと思うけど、それではたして誰かが読んでくれるかどうかはわからない。
 反論はいくらでもコメント欄にどうぞ。但し、ひとつのコメントがあまり長いと他のコメントを読もうとする人が探すのに苦労するから、そこは常識の範囲でお願いする。コメントへの返答はたぶん無理だと思う。両論併記して、判断は読者に委ねる。

憲法9条 はじめに

       憲法9条 2013年11月20日

はじめに

 憲法9条の問題はいま特に複雑になってしまったとぼくは考える。というのは、北朝鮮問題、中国問題が浮かび上がってきたからである。
 この両国の動向が予測不能とも思えることに国民が不安を抱いている。それゆえ抑止力としての米軍の存在を歓迎しつつ、その信頼性への不安から、独自の防衛力の強化をも支持する世論がある。
 もとより米軍が日本にいるのは日本のためではない。それはアメリカのアジア戦略でもあれば、中東をはじめ世界のあらゆる地域で戦争するための出撃拠点でもあり、安上がりな訓練場でもある。そのうえ部分的には、日本を押さえつけ従わせるためのシンボルでもあるだろう。
 そしていまアメリカが日本に対して軍事力の強化や、どこでも戦争できるための法的整備を求めているのは、自国の経済的負担や、戦争遂行上生じる自国民の人命の損失を減らしたいがためである。
 しかし、アメリカの主観的意図をいくら説明しても、それは日本国民の不安を解消することにはならない。
 国民が不安に思っているのは、米軍が日本から撤退したら北朝鮮はどう出るのか、中国はどう出るのかということだ。そのとき憲法9条で日本を守れるのか、自衛隊はいまのままでよいのか、あるいは9条を厳格に守って自衛隊を廃止することなどできるのか。それに米軍の信頼を勝ち取るためには自衛隊の能力強化、法的整備も必要ではないか。
 こういう国民の不安に答えることをいま左翼は迫られている。
 極端な話、自衛隊は資本主義国家を守るための軍隊だから要らない、などといった(一部左派の)主張は通用しない。たしかに国家は、資本主義国家であろうと共産主義国家であろうと、軍事力で守られる必要はない。しかし国民は、資本主義下の国民であろうと共産主義下の国民であろうと、守られねばならないのである。
 それ故、資本主義国家のもとにある自衛隊は認めないが、体制が変われば軍隊を持つこともあり得るという(これまた一部左派の)主張は成立しない。国民を守るために必要な軍事力があるとしたら、それはどの体制下でも必要なのだ。
 だが、ここで提起された論点、国家と国民とは別のものだという観点から考えてみることは、この問題を解くカギのひとつであるようにも思われる。
 例えば国境である。国境は国家の問題であって、本来国民とは関係ない。ただそこが人の暮らせる島であれば、そこで暮らす権利、通行する権利、いかなる司法、立法、行政のもとで暮らすのか、どの文化、どの言語、どの教育のもとで暮らすのかという問題があり、無人島の場合には、漁業権や海底資源の問題がある。
 国民にとって大切なのはそういう生活の具体的な問題であって、国境線をどこに引くかなどといった観念的なテーマに国民がとらわれるのは、国家というイデオロギーの影響以外ではない。
 居住可能な北方四島には困難な問題もあろうが、竹島、尖閣の場合は、漁業権と海底資源の問題を解決すれば容易に収束できる。
 もちろん国家のイデオロギーに影響されている世論を説得できればだが。これがいちばんやっかいな障害なのに、説得の努力が左翼の側からもなされていないことに疑問を持つ。

憲法9条(第1回) 日本の戦後処理

1、日本の戦後処理

 ひとつの例として国境問題を挙げた。
 だが、それは日本の防衛問題の一部にすぎないし、全体的にとらえていくためにはもっと別のアプローチが必要だろう。
 ぼくは日本の防衛という問題には日本の戦後処理のまずさという問題を避けることができないと考える。
 日本のやってきたことは、ヨーロッパの帝国主義列強がやってきたことの後追いであった、ヨーロッパは数百年にわたって、すべての大陸に甚大な被害をもたらした、なぜ日本だけが責められるのか、それは日本が第二次世界大戦の敗戦国だからだろう、という強固な世論がある。
 そこには一面の真理があるかもしれない。しかしそれを言っても物事は前へは進まないのである。ヨーロッパが悪かろうと悪くなかろうと、日本が東アジア、東南アジアでやってきたことは事実としてあり、この問題を解決しない限り、アジアにおける日本の地位は不安定であり続けるし、防衛という問題はすべてそこが出発点である。この問題さえ片付けてしまえば、我々はヨーロッパが数百年間やってきたことも、アメリカが第二次大戦後世界中でやってきたことも、さらにいま中国がみせる不穏な動きもすべて批判する権利を持つことができる。
 外国の脅威に備えなければならないという。だがなぜ、外国の脅威をなくそうとしないのか。日本がアジアにおいて信頼され、尊敬される国になっていないことこそ、脅威の最大の原因ではないか。日本はまだ国際社会において名誉ある地位を占めていないのである。
 ここを放置したうえでの日本の防衛などあり得ない。それは防衛ではなく、再び戦争を始めるということだ。
 まず過去の罪を真摯に認め、謝罪すること。少なくとも政権与党に属する政治家からこれに反する言動を出さないこと。常軌を逸した人種間、民族間の憎悪をあおる行動に対して、何らかの法的措置を講ずること。学校できちんと侵略の事実を教えること。
 そして戦時の個別賠償交渉に応じ、何らかの誠意を見せること。政府間では、賠償しない代わりに経済援助する、実質的にこれが賠償であるという形で決着させたかもしれないが、そもそもこれがまずかった。被害者個人は少しも救済されていないのである。
 韓国、中国との間では、少なくとも政府間では一応決着させたことになっているだろう。しかし、北朝鮮に対してはそれさえ何ひとつ始まってもいない。これも非常にまずい。
 すべてはここから始まらねばならない。50年前にやらねばならなかったことを我々はやらずにきた。これを片付けてしまわねば、普通の国家間の関係など構築しようがない。
 その余の問題は、これを前提とせねば論じることすら難しい。

憲法9条(第2回) 中国

2、中国

 ここからは、中国、北朝鮮を個別に見ていく。前提問題だけでは片付かない問題がそこにはあるからだ。
 中国には海洋進出問題と、資源問題とがある。この両側面において、中国がいまきわめて帝国主義的な動きを見せているのは事実である。
 日本のみならず、東南アジア諸国がこれに不安を感じ、米軍の存在と、日本の毅然たる態度を求めている。
 しかし、ここには基本的な歯車の食い違いがある。
 何故中国大陸のまんまえに米軍がいるのか。仮にニューヨークかロサンジェルスの沿岸に中国艦隊が展開したら、アメリカ人はどう思うか。それと同じことをアメリカは東アジアにおいて行っているのである。これを中国が威嚇であり、脅威であり、挑発であると感じるのは自然なことではないか。これを理解できないのは想像力の欠如である。
 そもそも現状が不自然なのだ。米軍が世界中に展開することが自然なのなら、中国軍だって世界に展開してよいという理屈になるだろう。
 米軍の展開を容認する立場からは中国軍を非難する権利を持つことは決してできない。
 中国が海洋の軍事権を持ちたいと思うのは、アメリカと対等の立場に立ちたいからだ。それが国際的な発言力につながると彼らは思っている。こういう大国間のパワーポリティックスに巻き込まれるのは愚かなことだ。
 ただ、日本と東南アジア諸国には、それがもたらす実質的な利害関係がある。アメリカはこの地で資源を奪い取ろうとはしていないが、中国にはその意図があるからだ。
 海底油田の問題である。尖閣でも、西沙でも、南沙でもこれが現実の課題であって、その余のものではない。だが、これは関係諸国間で話し合い、譲りあって解決すべき問題であって、米中間の覇権争いとは切り離されねばならない。
 何故それができないか。日本がリーダーシップをとれないからだ。それを右翼は日本の軍事力が脆弱だからだという。ではどうするのか。世界最強の米軍が駐屯していてさえ脆弱だとすれば、いったいどこまで軍事力を強化すればよいのか。それこそ破滅の道だろう。
 ぼくはほかの道があると考える。日本がこの地域で尊敬される国になる道は、結局は果てしないことになってしまう軍事強化の道ではない。最初に上げた前提に立ちかえればよいのである。過去の反省に真摯に立てば、中国人を含めて東アジア、東南アジアのすべての人々を味方につけることができる。
 いま日本は、とりわけ東アジアにおいては完全に孤立しているのだ。眼を開いてこの現状に気付かねばならない。日本の反省が口先だけで、そこに真情が見て取れないせいで、東アジアの諸国民がそっぽを向いている。この状態でどうして真剣な話し合いができるのか。
 領土問題にもう一度触れるが、尖閣も、竹島も、北方四島も、日本の領土だと主張するだけでは、千年かかっても解決しない。北方四島は二等分するしかないし、竹島と尖閣とは漁業問題および海底資源問題で妥協をはかればよいのである。
 ただ尖閣海域で台湾漁船の操業を認めたが、あのやり方は基本的に間違っていた。住民の頭越しに国家がやってしまうのはうまくない。海はそもそも国家のものではない。歴史的にそこで操業し、暮らしを立ててきた漁民には入会権というものがあるはずだ。漁民どうしが話し合って結論を出すべき問題なのである。そうしなければ乱獲になって漁場の維持もできない。海底油田にしても漁民の権利を守りながら進める必要があろう。
 こういった問題を話し合いで解決できれば、防衛問題はあらかたきりがつく。それができないのは、何度でも言うが、日本が歴史問題をひきずっているからなのだ。
 中国の最近の帝国主義的ふるまいには無関心ではいられないし、その動向には注意を払う必要があるが、それに対して軍事力で対抗しようとするのはやはり愚かとしか言いようがない。実質的な利害問題を解決するためのリーダーシップをとれる道を、軍事以外に見出すことができるはずである。

憲法9条(第3回) 日米安保条約

3、日米安保条約

 さて、いま仮に日本が安保条約を破棄し、米軍を撤退させ、それに代わる軍事力も持たなかったとしてみよう。このとき中国は日本に侵略してくるだろうか。
 いったい何のために侵略するのか。日本を侵略してどういう利益があるのか。中国はまだ後進国で、その政体も不透明だが、ある程度はすでに成熟している。という意味はつまり利益にならないことはしないということである。
 アメリカだって戦後日本を軍事占領したが、やがて施政権を返還した。初期においては日本を軍事的に押さえつけるのが主たる目的だった。独立を与えてからもその要素はかなり後まで残ったが、次第に減じていき、むしろ基地としての利用に純化していった。いまアメリカは軍事力で日本に何かを強制するということは出来ない。できないし、それはアメリカの利益にならない。成熟国家が自らの利益を無視して行動することはない。
 もちろんアメリカは自らの(というよりもアメリカの富裕層の、だがまた政権を維持するためには一部有権者のも、であるのだが)利益のために様々なことを日本に押しつけてきている。しかし、いまそれは日本に対しては、軍事力で押しつけているわけではない。彼らと利害の共通する日本の勢力が外圧を利用して自らの利益をはかったり、さまざまな損得勘定の末に日本の支配層が受け入れているのだ。もちろん、日本ではCIAが暗躍しており、枢要人物の弱みを握ったり、学者たちに金をばらまいたり、いろんな汚い手を使って日本の政策をアメリカに都合のよいようにさせようとはしている。
 しかしこれはむしろ日本の内政の問題であろう。日本という資源を持たないわりに教育レベルの高い小うるさい国民のいる国を軍事力で支配するなどできないし、またその利益もない。いまの中国指導部はそのくらいはわかっているし、たとえいまの政体がひっくり返っても、利益を無視して行動するような極端な政権が成立する可能性は、もはやあの社会にはない。

憲法9条(第4回) 北朝鮮

4、北朝鮮

 北朝鮮問題に移る。これはやっかいな問題である。どう言ってよいか困るような国だ。ある女性が、この国の話題が出たと同時に「あの髪型を何とかしてほしい」とにやにやしながら言ったが、そういう冗談ですましたいような国である。
 だがあの国には圧政のもとで困窮している人々がおり、そして何をしでかすか分からないという問題がある以上、冗談ではすまない。
 あの国がやっかいなのは、あの国の実像がつかめず、いかなる動機で行動するのかが分からないからだ。ふつう国家は、利益にもとづいて行動する。それが誰の利益であろうとともかく利益だ。そして誰のということもだいたい分かっている。だから何をやり、何はやらないかということも分かる。利益で動く対象はわかりやすい。だが、利益とは無関係に動くものを理解することは難しい。
 そこで我々は基本に立ち返って、あの国が何故ああなってしまったのか、から考えていこう。
 その場合、1910年から(実際はそれ以前から)数十年にわたって日本がこの半島を蹂躙してきた歴史をやはり欠くことは出来ない。それが南北分断の根本的原因だからだ。戦争に負けた日本はこの半島を無責任に放り出した。それは負けた以上やむを得なかった。だがその結果、半島は東西冷戦の前線基地として分断されることになった。
 米ソの分断軍政下で、米ソが勝手にそれぞれの統治者を決めてしまう。李承晩と金日成である。二人とも朝鮮半島に基盤を持たない人物だ。そのためその不安定さを独裁によって補うしかなかった。両者ともに、それぞれの統治下で反対者を激しく弾圧し、粛清した。
 経済的にははじめ北の方が優位であった。もともと北には鉱業資源が多く、日本統治時代から工業が集中していた。南は農業地域であった。しかも李承晩が自己の権力維持に熱中して経済を顧みなかった。
 しかし米軍駐留下で、結局は南の独裁のほうがより開放的な独裁だったとも言えるのではないか。李承晩の無能と悪行とは世界に知れ渡り、アメリカもこれを非難する。弾圧下でも抗議は活発化し、最終的には逃げ出すしかなくなる。その後朴正煕も独裁を維持したが、経済には力を入れた。アメリカの援助、日韓条約後の日本の援助(戦時賠償の代わりとしての)、日韓間の貿易、投資の活発化、要は資本主義経済の優位性によって、市民の生活が改善され、中間階層が育ってくるにつれて、独裁自体が不可能になり、全斗煥、盧泰愚ののち、民主化に成功する。
 これに対して北の独裁は、ソ連邦公認の独裁である。朝鮮戦争時は、李承晩も市民をほったらかし橋を爆破して釜山まで逃げ出し、戦争を指揮したのは米軍であったが、金日成もまた米軍の反攻が始まると中国に逃げ、ソ連に代わって朝鮮の援助者となった中国軍が指揮をとっていた。どちらも頼りない独裁者である。
 北の経済はソ連と中国が援助したが、この中ソ公認の独裁は閉じられた独裁で、改革の土壌がない。中ソ対立の時代、それを利用して両国から援助を引き出し、援助に頼った経済で、自立した経済が育たない。こうしてはじめ南より優位にあった経済は、逆転し、あっという間に引き離されてしまう。ソ連邦解体で援助が止まってしまうと一巻の終わりである。
 経済的にこれだけ追いつめられながら、何故革命が起きないのか。そこにはやはり利害関係があるのだ。
 この国は全体として貧しいなかに際立った格差がある。まず首都平壌市民と地方住民間、労働党員と非党員間、その中でも中央委員会への距離の差、党内部のヒエラルキー、そして軍人と非軍人。支配の鉄則、被支配者を分裂させることで支配する、この体制によって恩恵を受けていると各層にそれぞれの水準で思わせる。そして国民への情報を遮断し、逆に労働党の網の目の組織によって国民への監視を強固にする。
 こうして国民をばらばらにし、疑心暗鬼にさせることによって、不満の噴出を防いでいる。
 その国を経済的に援助してきたソ連と中国が、その体制を公認してきたことは大きな要素だ。それはもともとソ連中国の体制と基本的に同じシステムであるうえに、中ソ対立が双方からこの国を甘やかす方向へと働いたことが一層この国の傾向を助長したとみるべきだろう。
 南では多くの活動家が投獄され殺されながらも粘り強く活動して民主化を勝ち取った。北では人々はただ国境の外へと逃げ出すことしかできない。もちろん報道されないだけかもしれない。反抗者たちは牢獄へ押し込められ、あるいは殺されているのだろう。
 この国の支配層にとってはこの体制の維持こそが優先課題である。そこに彼らの利害がある。
 だが彼らも危機感は持っている。経済の疲弊は明らかであり、いずれ破局が来るのは目に見えている。そこで何とかしたいが、体制維持との矛盾にぶつかって前に進めない。
 政策には何ひとつ整合性がない。めちゃくちゃである。きちんとした政策決定機構があるとは思えない。
 それゆえ周辺に暮らす我々から見ると、いつなんどき何をやるか分からないという不安が付きまとう。
 どうすればよいのか。ハリネズミのような防御態勢を作り上げるのか。手を出したら報復するぞという攻撃態勢を作るのか。
 だがそれは不毛な努力であろう。

憲法9条(第5回) 拉致問題

5、拉致問題

 ここでいったん立ちどまり時計を戻して、拉致被害者が帰ってきた時点から検討してみよう。
 そもそも拉致に関して、日本と北朝鮮の間には認識のずれがあった。朝鮮戦争は実はまだ終わっていない。一時休戦の状態なのだ。北朝鮮と韓国とはお互いスパイ活動拉致活動をやりあっていた。北朝鮮にとっての戦争当時者であるアメリカと軍事同盟関係にあり、韓国とも同盟関係にある日本は、北朝鮮にとっては敵国である。その状況のもとでは、スパイも拉致も正当な活動とみなされてしまう。
 日本人には思いもよらないことである。日本人は誰も我々があの国と戦争しているとは思っていない。だが、事実停戦協定は結ばれていない。休戦協定だけである。そしてアメリカと韓国の同盟国である我国は、明らかに北朝鮮の敵国なのだ。そこにこの問題における両国の認識の差異がある。
 それはそれとして、小泉純一郎はこの状態の解決に動いた。それは本来彼の画期的功績となり得る仕事であった。小泉の指示を受けた田中均の努力が実り、結果的に五名の拉致被害者とその家族が帰ってきた。これはこれで大きな成果であったのに、世論は全く評価しなかった。田中均は誹謗中傷され、世論は一挙に北朝鮮への非難と制裁へと動いた。
 小泉純一郎にとってこれは大きな誤算であっただろう。彼は拉致問題の解決と交換に北への経済援助を約束して帰ってきた。それは戦時賠償をその名を出さずに解決し、戦争状態を終わらせるものになるはずだった。つまり韓国との間でやったと同じ形式で解決しようとした。
 金正日はこの約束を前に拉致問題について謝りさえした。あの独裁者がである。
 だが、日本の世論は拉致問題が解決したとは認めなかった。むしろ五名と家族の帰国を機に一層沸き立った。
 そして郵政民営化や派遣労働の合法化、あるいはイラクへの自衛隊派遣というロクでもないことばかりやった小泉純一郎五年半におよぶ首相在職時の、唯一にして最大の功績となるはずだった仕事が、さっぱりわけのわからないものとなってしまった。
 このときが国交正常化の最後のチャンスだったのだ。拉致問題にせよ、ほかの何にせよ、国交正常化せずしてどうやって解決せよというのか。正常化が出発点であって、正常化してしまえばその先はいくらでも交渉できる。
 ぼくは日本の右翼はこの問題を解決したくないのだと思わざるを得ない。彼らは日本での彼らの右翼的主張を守るために敵を必要としているのだ。敵が消えてしまっては困るのだ。慎太郎は口汚く田中均をののしったが、口先ばかりの慎太郎がただ一人の拉致被害者すら救出できたわけではない。田中均は現実に12名の日本人と1人のアメリカ人とを救い出したのである。
 田中均には、拉致被害者をいったん北に戻すと主張したことで、非難が集中した。もちろんこの主張は正しくなかった。だが交渉当事者の立場としては、そういう約束で連れ帰った以上、当然言わねばならなかったことなのである。一人の役人として忠実に職務をこなしたのだ。彼が非難されるいわれはない。
 あるいはこのときアメリカのなんらかの工作が政界か世論操作に対しなされたかもしれない。アメリカは常に日本の独自の動きを嫌う。日本を支配下に置いておきたいのだ。アメリカの意に背く外交には常に圧力がかかる。
 一方、北のがわは、このとき完全に日本に見切りをつけたというべきだろう。日本と交渉しても得るものは何もない。譲歩するごとに日本の世論は硬化する。何もしない方がましだ。日本は交渉相手とはなりえない。
 金正日の譲歩は日本人の眼には大した譲歩には見えなかった。完璧な成果を得るためには、もっととことん追いつめ、それで言うことを聞かなければ叩き潰してしまえ、という方向に日本の世論は流されていった。
 北朝鮮もこれを境にかたくなになった。そしてぐずぐずしているうちに、日本の経済的地位はガタ落ちになり、かわって中国経済が台頭してきた。
 いま北朝鮮の眼には日本は映っていない。彼らはたしかにアメリカを恐れている。アメリカは世界中いたるところで戦争を引き起こしてきたからだ。核に固執するのは核を持っていればアメリカが攻撃しないだろうと思っているからだ。しかし、アメリカの戦争をよく見れば彼らは彼らなりの利益勘定で戦争してきたのであって、決してイデオロギーで戦争してきたわけではない。北朝鮮で戦争を引き起こすことはアメリカにとって何の利益にもならない。アメリカにその意図はない。北はそれがわかっていない。だから必要以上にアメリカを意識している。
 そして経済は中国に頼ろうとしている。
 こういう経過を見ていくと、北の支配者たちにもそれなりの利益意識が見て取れる。彼らもまた日本を攻撃しても何の得るところもないのだ。
 ただ不安要素は金正日の死後、あの国の体制がまだ固まっていないことである。
 さて日本はどうすればよいのか。我々はチャンスをみすみす見捨てた。問題がこれだけこじれてしまった現在、打つ手を見出すのは難しい。
 そしてそれをさらに困難にしているのは、中国、韓国との間がうまくいっていないからだ。この地域が不安定化しても直接利害関係のないアメリカに、べったりくっついていたのでは前へは進めない。北朝鮮問題は、韓国、中国と日本の三者が結束して対処せねば打開できない。
 いま9条を改定して戦争できる国にして、その先になにがあるのか。いったんその方向へ向かえば歯止めがなくなる。それは亡国の道である。
 信頼され、尊敬される国になる道は、決してその方向にはないだろう。
 我々の前にある道は二つである。この地域で信頼され、尊敬される国になって、しかるべき発言権を確保し、もって東アジアの平和と繁栄をともに築きあげていくか、さまなくば、軍備を増強し、際限ない軍拡競争の道を突き進み、この地域を荒廃させ、ともに破滅していくのか、それを選ぶのはわれわれ自身だ。

憲法9条(第6回) 9条と自衛隊

6、9条と自衛隊

 さて、そこで9条と自衛隊との矛盾をどう考えるべきなのか、という問題に入りたい。
 9条と自衛隊との間には明らかに矛盾がある。そこで意見は二つに分かれる。9条を厳格に適用して自衛隊を廃止しようとするがわと、自衛隊の存在に合わせて9条を改廃しようとするがわである。
 ぼくは自衛隊の存在は認めるべきだと考える。いたずらに中国、北朝鮮の脅威を言い募って防衛力強化に走ることは、いままで述べてきた文脈からも、逆効果でしかないと考えるし、平和的に解決することは可能であるというのがぼくの考えだが、軍事力が全くなくてよいとまでは思わない。最小限の軍備は持っておくべきだろう。
 もちろんそれには現状の自衛隊を徹底的に民主化する必要はある。自衛隊をイデオロギーの道具としてはならない。思想信条の自由を認め、偏狭な人種、民族差別に陥らせない、純粋に平和を守る立場に立脚させる必要がある。
 では自衛隊を維持するとしたら、9条との矛盾はどうするのか。廃止、もしくは改定するのか。以下に、日本国憲法と、自民党の2012年4月27日決定の、改正草案とを対比する。

 日本国憲法
   第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 自民党改正草案
   第二章 安全保障
 (平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
 (国防軍)
第九条の二 我国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
 (領土等の保全等)
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

 一読してわかるとおり、自民党の改正案はその国語能力を疑わせるような貧しい文章だが、その内容は恐るべきものである。自民党がやりたがっている内容を、抜け目なくすべて盛り込んでいると言えよう。それを現憲法と整合させようとして、つじつまの合わないものとなっている。内容のひどさについては読んでもらえばわかるとおりである。
 しかし、国民の間には、これほどの内容にしなくても、少なくとも自衛の戦力を認める項目があってもよいのではないか、という意見があるのも事実である。
 だがそれを認めることは危険である。いま一度現憲法を読み直してみてほしい。この精神を守り抜くことこそが日本の尊厳を世界に対して示すことであると信じる。
 自衛隊はたしかに戦力だが、「戦争、威嚇、紛争解決の手段」ではない。それは最小限の自衛力であって、米軍と「協調して行われる活動」や、国内の「秩序を維持」するために発動される戦力ではない。そのための「機密」も要しない。
 というものに実際なっているかというと、現実はすでに自民党案を先取りしている。
 だが、ここにも天皇問題と同じテーマがある。その存在が現在違憲のものであるなら、憲法に厳密に従わせるように変えていけばよいのである。
 災害救助、復旧は自衛隊の主要な任務として位置づけられねばならない。この目的のためなら、要請のあった世界中のどの地域へでも出ていくべきである。
 PKOはどうか。これは本来中立的な仕事である。アメリカと軍事同盟下にある現在の日本がここに出ていくことは中立的観点からしてふさわしくない。侵略の歴史的精算がすんでいないという点からも適任とは言えないだろう。真に中立的役割を果たしたいと願うのなら、上記ふたつの問題を解決すべきである。それに国連がそれを中立的仕事であると認めたからといって、真にそうであるとは限らない。その判断は日本の責任によって行わねばならない。

 以上の結論として、憲法9条はもちろん今も守り通さねばならないし、たとえ将来、左翼が政権をとっても変える必要はない。永久に守り抜く条項であると信じる。

 日米安保条約の問題に移る。
 非常に奇妙なことだが、この条約が必要だという人はいても、わが町に米軍基地を歓迎するという人はいない。
 外国の軍隊が駐留するということは本来あってはならないことだ。ところが沖縄県民以外の日本人は負担を沖縄に押しつけることで、自分たちはその抑止力効果だけを得ようとしている。たいへん虫のいい話だ。日本に米軍が必要であると考える自治体だけが基地を引受けたらよかろう。大阪が引き受けると橋下が言ったが、すぐに住民に拒否された。だが橋下の考えは筋は通っているのだ。基地が必要であると思うならその負担もわが町に引き受けるべきなのだ。それが嫌だということは日米安保条約は嫌だということだ。この点ははっきりさせねばならない。
 先にも書いたように日米安保条約は必要ない。米軍基地も抑止力もいらない。必要なのは東アジア、東南アジアの全当事者による安全保障を模索し、確立していくことである。日本はいまその努力を放棄している。まるで敵をほしがっているかのような行動をとっている。脅威を騒ぎ立て、脅威をなくす努力をしない。脅威があった方が都合のよい人々に影響されてしまっている。むしろこの地域に米軍がいることがいたずらに脅威を生みだしている。中国との力のバランスをアメリカに期待する向きがあるが、そういうことを期待しているあいだは脅威はなくならない。
 日本は軍事力によらずにこの地域でリーダーシップをとれるだけのものを持っている。それは日本の経済力、技術力、文化力である。お互いがお互いにとって必要で信頼できる関係になれば、くいちがいは平和的に解決できる。その方向へとこの地域をリードしていけるのは日本ではないか。
 たしかに北朝鮮の問題は難しい。だがそれをエスカレートさせ、ますます難しくしているのは日本の現在までの政策である。いまの方向では絶対に解決しない。解決しない方が利益になる人々にミスリードされているのだ。何度も書いたが、まず韓国、中国と仲直りするべきである。そこがすべての出発点だ。北朝鮮の問題にしてもそうなのである。
 誰が戦争を欲しているのか。軍需産業と、そこに結び付く資本、金融であろう。死の商人である。彼らは少なくとも緊張を欲している。すなわち脅威を。すなわち敵を。これが彼らを富ませる。戦争は必ずしもなくてもよい。でも敵がなくなってしまっては困るのだ。
 彼らはまた武器の輸出もやりたがっている。日本は今まで賢明にもこれを禁止してきたが、いま徐々に解禁しつつある。彼らにとって世界中がいつまでも脅威に満ちていることこそ望ましいのだ。
 ぼくの眼には中国と北朝鮮とが、彼ら日本の死の商人たちに裏で操られているように見える。彼らにとって中国と北朝鮮の現在の姿ほど望ましいものはないだろう。
 愚かな道である。これを転換できるかどうかは日本人の選択にかかっている。

 憲法9条を守りとおせるかどうかにかかっている。

北朝鮮

 戦争の悲惨さについては、日本の場合、諸外国よりもずっと多く、あらゆる媒体で伝えられてきた。戦争はいやだという点においては、ほとんどの国民の間に合意がある。かつて赤木智弘が、「希望は戦争」と書いたが、それは戦争をしたいという意味ではなくて、ロストジェネレーションに生じた耐え難い格差を放置すれば、すべてをリセットする意味で戦争を望む声が出てくるだろうという警告であった。
 戦争と平和に関する意見の違いは次の点にある。戦争を防止するのは抑止力であり、そのためには軍事力と軍事条約とが必要である、とするのが一方の意見。他方は、そういう思想は果てしない軍拡競争を招き、かえって戦争を招き寄せる、とする意見である。
 いま、アメリカと日本とは、北朝鮮に対してチキンゲームの賭けに出たように見える。もしこれで北が降伏してくれれば、とりあえずは胸をなでおろすことにはなる。
 しかし生き物は、人間も含めて、追い詰められて逃げ場を失うと、自暴自棄の反撃に出ることがある。金正恩がそうならないという保証はない。
 その場合、北朝鮮はもちろん壊滅するが、韓国と日本も少なからぬ被害を蒙ることは確実である。一方アメリカの蒙る被害は、せいぜい駐韓駐日の基地くらいのもので、アメリカ本土は痛くもかゆくもない。
 つまりアメリカにとってはチキンゲームでさえない。犠牲になるのは韓国と日本なのだ。
 チキンゲームに乗り出すということはその覚悟をするということである。
 だが、北朝鮮とはそもそも対話が成り立たないではないかという世論が聴こえる。たしかにいまではずいぶんと困難になった。北朝鮮は日本と韓国とを敵として認めていない。彼らはアメリカだけを見ている。ずっとアメリカに対してラブコールを送り続けている。核とICBMにこだわるのは、それを持たねばアメリカはいつ攻めてくるかわからない、持てば攻めては来ないだろうと思っているからだ。だから彼らはアメリカとは対話を望んでいるが、韓国や日本とは望んでいない。そしてアメリカは北朝鮮との対話を拒否している。

 我々は袋小路にいる。
 世論は抑止力の方に傾きつつある。

「文芸春秋」元編集長の半藤一利氏が昨日の朝日新聞オピニオン面ほぼ全面でインタビューに答えた。抑止力派の人はぜひこれを読んでほしい。不勉強なぼくが言ってもまるで説得力がないが、しっかりした歴史知識をもとにしたこの人の発言には説得力がある。

(これは反省をこめて書いている)

「樹宴」12号感想

「樹宴」も「まがね」もまだほとんど誰にも送付できていないが、「樹宴」追加入手の見込みがついたので、そのうち送ります。「まがね」はどうせエッセーだけだし、今回10数部しか受け取っていないので、あまり方々へは送りません。
 ということで、まだ送付できていないけれど、一応感想を。

「樹宴」12号

 守屋陀舟「遺書」

 今回の「樹宴」ではこの人の作品が際立っている。いつも良いものを書く作家だが、前号、前々号の戦争ものは、一般読者には少し難解だったかもしれない。
 今回はわかりやすい話である。一応謎解きになっているので、ストーリーの詳述は控える。
 自分の幼いときに死んだ母親の死の真相を知りたがった女性が、恋人と二人で方々を訪ね歩き、次第に謎が解きあかされていく。
 行く先々で、ひとつ謎が解けたかと思えばさらに謎が深まる、という展開で読者を引っ張っていく手法がうまい。
 文章表現力、とりわけ自然描写の秀逸さはいつもながらで、そこに日本的情趣が漂うのも、この人ならではだ。
 でありながら、今回は登場人物を軽妙に描いた。若い男女のやりとりがさわやかだ。これは今までの守屋作品にはなかったもののように思う。深い情景描写のなかに軽い人物表現がぽっかり浮かんでいる感じが、そぐわないようでもありながら面白い。
 読み始めたらやめられない作品。
 ただ、ラストはどうだろう。どこかで読んだような結末なのが気になる。もうひとひねり欲しかった。
 90枚くらいの作品。

 木沼駿一郎「誰か?(笹島の奇妙なアルバイト最終回)」

「樹宴」9号から4回連載の最終回、合計300枚ほどの作品である。
 この人の作品の特徴は、いろんなエピソードが無造作に並べられてその関連性がわかりにくいのだが、それはもう欠点というよりも個性と化している。
「笹島の奇妙なアルバイト」として始まった9号の作品は、この作家には珍しくまとまりがよくて感心したが、号を追うごとにこの人一流の個性が復活したようである。
 ひとつひとつのエピソードはいつもたいへん面白い。人物もよく描けていて、書いている内容も独特である。比較的下積みの人々の人間模様が描けているように思う。
 ひとつひとつ独立の短編小説として味のあるものに仕上がっていると思うのだが、どういうわけか作者はそれを雑然と並べて長編に仕立てたがる。
 見ようによっては井上光晴の小説に似ている。光晴の長編は二つ読んだだけだが、たまたまなのか、二つとも、エピソードの寄せ集めで、一貫した物語世界を読みとることは難しかった。おそらく光晴の意図はその混とんとした世界を提示することそのことだったのだろうが、読者にとってはかなり難解だった。
 そういう作品もあるわけで、木沼作品も読みとる側がどう読みとるかということなのかもしれない。
 推理小説なので、1回2回を読んだ頃は解読に努めたが、3回あたりから行き着く先が見えなくなって、4回でとうとうこんぐらかった蜘蛛の巣の真ん中に置き去りにされてしまった。そういう読後感を楽しむ小説なのかもしれない。
 作品からうかがうことのできるのは、かなりいろんな体験をし、いろんな人を見てきた、そしてまたいろんな本を読んできた、そういう人の作品だということである。
 こんぐらかった蜘蛛の巣にも、作者はそれなりに道筋をつけているようなので、もう一度読み直してジグソーパズルを完成しようと試みるのも面白いかもしれない。

 大丘 忍「誤診」

 医学の知識なしには書けない小説。専門知識を駆使し、また医学現場にあるかもしれぬと思わせる心理をえぐり出している。
 でも大衆小説のタッチなので、読みやすく、わかりやすい。そのためかえって誤解が生じるかもしれない。医者の心理をかなり誇張して書いており、振り回される患者の心理も説明不足のところがあって、深刻な問題が軽く扱われすぎていると感じるかもしれない。
 こういう作品は読者の側の取りよう次第だろう。ぼくとしては、戯画化されてはいるが決してないとは言えない医学世界の一面の傾向の暴露として肯定的に受け取った。
 医学も競争の世界であり、決してきれいごとばかりではない。(というのはわかりきったことではあるが)

 S・T訳  トルーマン・カポーティ「シェイプ・オブ・シングス」

 バージニアあたりを走っている汽車の中。1944年の作品。食堂車のテーブルにたまたま同席した見知らぬどうしの会話。若い海兵隊員の夫婦のテーブルに少し年上の女が相席になり、そのあと伍長が来て座る。この伍長は戦争帰りだ。
 非常に短い作品で、正直言って話は分かりにくい。説明なしにその場で起こったことと会話だけを書いている。そういう原作なのだろう。
 伍長がどうやら神経をやられているようで、非常に苦しそうにする。女が手助けしようとするのだが、伍長がごちょごちょ言い出して、気分を害した女は料理に手を付けずに金を払って立ち上がる。伍長が「食えよ、こんちくしょう」と言って終わりである。
 戦争が兵士の心に与える傷を書いているのだろう。
 原作者の書きたかったことは伝わってくるのだが、こういう短い作品の翻訳は大変難しいと思う。おそらく行間を読ませるような作品で、それを異なる言語に置き換えることには困難があるだろう。

神里達博

 朝日新聞にときどき載るこの人のコラムにいままでほとんど無関心だったが、きょう何気なく読んでちょっと驚いた。ぼくと同じことを言っている。
 <そもそも「鉄のカーテン」の存在は、西側諸国にとっては、過度な資本主義化を抑制する作用を持っていた>
 かつて存在したその東側の体制を、どういう名前で呼ぶかは人さまざまだが、それがその体制下の国民にはあまり好ましからぬものだったとしても、西側の国民には一定の利益を与えていた。
 つまり西側では、しかるべき自己抑制が働いて、資本主義にもそれぞれなりに社会主義的要素が取り込まれていた。ところが、東からの重しがとれると、資本主義は暴走を始めた。格差が急速に拡大した。そして30年経った。時代はまた変わろうとしている。「時代の音色に耳を澄まして」と神里氏は言う。

ジョージ・オーウェル

 ジョージ・オーウェルの「1984年」を読み返したいと思ったのは、村上春樹の「1Q84」を読んだときだった。でも結局、延び延びになっていたのを、最近になって、また読みたくなってきた。それは、長らく手元を離れていた浦沢直樹の「20世紀少年」が戻ってきて、立て続けに、二度も読み通してしまったせいなのだ。コミック本で24冊ある大作だが、小説は文庫本一冊がなかなか読めないのに、漫画本は24冊がすぐ読めてしまう。
「20世紀少年」と「1Q84」とは、どちらもオウム真理教事件にヒントを得ている。そしてどちらも基本的に「1984年」から影響を受けている。
 じつは読みたくなっただけでまだ読めていないのだが、あらかじめ見込みを言っておくと、「1Q84」よりも「20世紀少年」のほうが、ジョージ・オーウェルに近い。
 記憶で言うが、「1984年」で、作者は<ビッグ・ブラザー>個人には関心を示さなかった。オーウェルが書きたかったのは社会体制である。
 ちなみに、「20世紀少年」では支配者は<ともだち>と呼ばれ、あとのほうで正体がわかったときに、その生い立ちに少し触れられるが、この<ともだち>は物語のちょうど中間で死んでしまう。そのあとに現れる<ともだち>2号もその死後手短に生い立ちを書かれはするが、基本的に、「20世紀少年」においては<ともだち=ビッグ・ブラザー>がどんな人間であろうと意味がない。浦沢直樹が力を入れているのは、その組織とその成員とを書くことである。
 オーウェルの場合は組織やその成員さえも飛び越して、むしろその組織の支配する社会そのものを対象としていた。
 ところがぼくの記憶では、村上春樹は、社会にも組織にも組織の成員にも関心を示さずに、<ビッグ・ブラザー>個人にだけ関心を持っているように見えた。……とまで言ってしまっては言い過ぎかもしれないが、少なくともそういう傾向が感じられた。
 そしてこの点(ビッグ・ブラザーを重視するか、軽視するか)で、「1Q84」よりも「20世紀少年」のほうが「1984年」に近いと感じられたのだ。
 ぼくはオウム真理教について何も知らないのだが、関心を持つとしたら、麻原彰晃ではなく、麻原に騙された人々のほうだ。ふつうの人々がなぜ騙されるのかということのほうが重要なことに思える。村上春樹の作品では、組織の成員として出てきたのは、殺し屋かボディガードかたしかそういう(真面目に書かれない、記号としての)人物だけだった。

 まだ読めていないと書いたが、少し準備を始めている。手始めに「1984年」を取り出して、奥付を見た。いつ頃読んだのか確認したのだ。
 手元にあるのはハヤカワ文庫、昭和59年の第22刷である。25年足せば西暦になる。1984年だ。もっと早くからこの作品には関心を持っていたのだが、読んだのは1984年だった。たぶん新聞が大きく取り上げて読まざるを得なくさせたのだろう。
 ぼくはふつう本文より先に解説を読むことはないが、今回は二度目なので、まず解説を読んだ。新庄哲夫という翻訳者が10ページを超える解説を書いている。オーウェルその人についての多少詳しい説明。これがまったく記憶になかった。読まなかったのかもしれない。
「1984年」はぼくにはとても衝撃的な本で、どこが衝撃かというと、まったく救いのない終わり方だ。主人公が敗北して殺される話は多いけれど、ふつうそこにはヒロイズムがある。だがこの小説の主人公は、逮捕されて教育され、自分は間違っていたと心から悔い改め、ビッグ・ブラザーに感謝し、その瞬間に処刑されてしまう。
 どこにも救いがない。絶望だけしかない。ぼくは暗い気持ちになって本を閉じた。だから解説を読まなかったのかもしれない。
 解説はジョージ・オーウェルの生涯をたどり、小説はわずかしかないこと、「動物農場」でやっとブレイクし「1984年」を書いて間もなく死んだとある。
「動物農場」も同じころ読んだ。そのときは「1984年」のあとで読んだ。だがそっちが先ということなら、これも記憶が薄れているし、そっちから先に読もうと、本棚を探した。
 角川文庫、昭和59年の20版。やはり1984年だ。この本には開高 健が10ページ近く書いた後、翻訳者高畠文夫が60ページ書いている。ぼくはこの解説を読んだ記憶がない。
 オーウェルの生い立ちを詳述している。
 1903年、インド生まれ。父親は植民地の官吏。当時植民地で20年くらい働くと、40歳くらいで貯金もできるし、年金も支給されて、イギリスに帰って何とか生活することはできた。つまり帝国主義というのはそれほどの利益を上げていたのである。オーウェル家は階級で言えば、アッパー・ミドル・クラスの下のほうと説明している。
 8歳で帰国して予備校入学。14歳で奨学生としてイートン校入学。18歳で卒業。この予備校からイートン校への10年間、同級生は金持ちの子供ばかりのなかで、本人はとても惨めな生活を送ったと自分で書いている。ところが、同級生の後日談では、彼は成績も優秀だし、スポーツもできたということで、とくに惨めに見えたとは記憶していない。当人と周囲とのものの感じ方のズレという点で興味深い。ここで脱線して、「20世紀少年」から例を挙げるが、少年たちの同級生に、ヤン坊マン坊という並外れた体格の双子がいて、少年たちはこの二人にいじめられていた。ところが長じて問い詰めると、ヤン坊マン坊にはいじめっ子だったという自覚はなく、仲よく遊んでいたと覚えている。こういうものなのだ。いじめの問題。パワハラの問題。セクハラの問題にはこういう複雑さがある。立場の違いで認識が異なってくる。
 ケンブリッジ大学へも奨学生の資格を取っていくことができたが、本人はそういう生活にほとほと嫌気がさしていて、父親と同じ、インドで警察官となる道を選ぶ。すでに物書きになりたいという気持ちがあったから、40歳で年金生活に入れれば、それから好きなように書けるという思惑があった。
 ビルマで勤務する。だがじきに、イギリス帝国主義の植民地支配の実態を見、自分がその手先となってしまったということがオーウェルをいたく傷つける。階級差別に泣いてきた少年時代だったから、特に敏感に感じたのだ。で、結局24歳で帰国。パリでルンペン生活をしたり、さまざま下積みの生活をしながら、ものを書き始める。評論家に評価される作品は書くのだが、本は売れない。
 そうこうするうち、スペイン人民戦線政府に対してフランコが反乱を起こし、若い左翼文化人たちが義勇軍としてスペインに向かう。オーウェルは取材を依頼されて現地入りし、たちまち革命の雰囲気にのまれて、義勇軍に加わる。この現地入りの紹介を共産党系に頼んだが断られ、オーウェルが所属したのはアナーキスト系の小さな組織だった。そこで彼は喉に銃弾を受けて危機一髪の重傷を負うが、その上に彼の所属した組織が共産党系から弾圧を受ける。
 この問題は、ヘミングウェイも「誰がために鐘はなる」のなかで書いている。その記憶もあいまいだが、ヘミングウェイは個人の生きる姿勢を書く作家なので、政治問題には深入りしていなかったと思う。ただ、義勇軍の側にいろんな問題があるということは書かれていて、それが主人公たちの生死にも絡んできていた。
 要は、ヨーロッパの共産党がこの時代、反ファシズムのリーダー的な地位を獲得してきていたが、その背後にモスクワがいて、スターリン的な手法で主導権を握ろうとする動きがあったということなのだ。
 この問題もぼくは不勉強でよくわからない。しかし、この経験が「動物農場」と「1984年」とに直結していく。
「動物農場」刊行が45年、42歳。これが爆発的に売れて初めて経済的に小康を得る。
 49年、「1984年」刊行。46歳。
 50年、死去、47歳。

 この長い評伝を今回たぶん初めて読んで、たいへん興味をひかれた。
 さらにこの角川文庫版には、「動物農場」のほかに「象を射つ」と「絞首刑」と「貧しいものの最期」の3篇を収録してある。この3篇もたぶん今回初めて読んだ。「象を射つ」が非常によかった。「絞首刑」もよい。「貧しいもの」はちょっとまとまりが悪かった。「貧しいもの」はパリでの貧民としての入院経験を書いている。20年代のパリでこんなことがあるのかと驚く内容ではある。
「象を射つ」と「絞首刑」はビルマで18歳から24歳の間に経験した内容である。これらはいずれもエッセーとして書かれたようだが、短編小説として十分成り立っている。
「象を射つ」の象は、暴れ出して現地人を踏み殺し、その飼い主は象を探して反対方向へ行ってしまった。象はいま、おとなしく田んぼで草を食べている。20歳そこそこの警察官である著者は、一応自衛のためにライフル銃を用意した。ところが、現地人のやじ馬が、さあ、いまにも撃つぞと期待して二千人も集まっている。撃たざるを得なくなった著者は、とうとう無抵抗の象を撃ち殺してしまう。
「支配者は被支配者によって支配される」という格言そのものはありふれているのだけれど、それが青年の実体験から発せられるところに実感がこもる。さらに言えば、この作品の場合、細部の描写にとてもリアリティがあって、読者はその現場のど真ん中に連れていかれたように感じるので、これがまったくのフィクションだとしても、やはり訴える力を持っているだろう。
「絞首刑」でもやはり読者に迫ってくるのは、決して通り一遍な書き方をしないからなのだ。ビルマ人犯罪者の絞首刑に警察官として立ち会う場面の描写なのだが、犬が紛れ込むところ、死刑囚が処刑場へと歩く道でふと水たまりをよける、その瞬間「ああ、この男はいま生きていて、次の瞬間にはいなくなってしまうのだ」と初めて実感するところ。処刑が終わってしまうと、なんとなくみなほっとして明るい雰囲気が漂うところ、こういうリアリティが処刑の残酷さをいやがうえにも引き立たせる。

 さて「動物農場」である。二度目でもあり、寓話でもあるので、特にこれと言った感慨はない。しかしこんなに長いとは思わなかった。もっとちょっとした話としか思っていなかった。
 読み返してみると、なるほどロシア革命の戯画化だ。革命の指導者レーニン豚は早くに死んでしまい、スターリン豚とトロッキー豚との争いになる。トロッキー豚は、ほかの農場に使いをやって、世界同時革命に立ち上がらせれば、反革命を恐れる必要がなくなると言い、スターリン豚は、いや一国革命を成功させねばならないという。演説のうまいトロッキーと、組織工作のうまいスターリンの戦いはスターリンの勝利に終わり、その後、トロッキーは敵のスパイだったのだということになり、悪いことはすべてトロッキーの仕業にされてしまう。スターリンの代弁をして動物たちの説得に走りまわる要領のいい豚。真面目に働く馬。スターリンの護衛官となる犬たち。すぐに合唱を始めて議論をうやむやにしてしまう羊たち。
 過去に読んだ時にはこういうふうに具体的には考えなかった。ただ、組織というものにありがちの宿痾として、もちろん革命運動にもあることとして読んだ。
 そして実際、オーウェルの直接的意図はもちろんスターリン主義の断罪にあったわけだが、その物語はそれを超えて普遍的な物語になっている。
 この寓話は漫画家たちの材料となった。白土三平の「忍者武芸帳影丸伝」の中に出てくる「子供の国」がそうだし、水木しげるは、そのものズバリ「こどもの国」を書いている。(「くさった国」と併せて。朝日ソノラマ出版SUN COMICS「猫又」所収 昭和41年発行)
「影丸伝」のなかでは、戦国の世のみなしごたちの理想社会は仲間割れによって崩壊してしまう。水木しげるの作品中ではかなり「動物農場」に近い政治劇が演じられる。
 さらに、藤子不二雄の「宇宙船製造法」(小学館てんとう虫コミックス「藤子不二雄少年SF短編集第3巻宇宙船製造法」所収 1985年初版)はハッピーエンドだが、途中経過には「動物農場」に似た政治劇がある。
 たぶんいずれもオーウェルの影響を受けている。「動物農場」はそれほどにも典型的で普遍的なのだと言える。

 オーウェルは共産主義を批判する。それはつまりソビエト流の共産主義なのだが、歴史上すべての共産党がスターリン的なものを持っていたことは否定できない。
 しかし、「動物農場」を読んでも明らかだが、被支配者が支配され続けていればよいとは彼は思っていない。彼は社会主義者なのだ。だが現実に革命のたどった道はファシズムと変わらないものとなってしまった。そこに彼の相克がある。

「樹宴」12号 刊行

小説
 大丘 忍  「誤診」 14頁
 木沼駿一郎 「誰か?」(最終回) 32頁     
 守屋陀舟  「遺書」 32頁
 石崎 徹  「スプーン一杯のふしあわせ」(第二回) 36頁
翻訳
 シェイプ・オブ・シングス   トルーマン・カポーティ  5頁
                   訳 S・T
随想
 読書雑感            守屋陀舟
 すずめばち           大丘 忍
 才能の限界           木沼駿一郎

 頁はページ数 30頁台は約90枚です。

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