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オウム事件から

 恥ずかしながら歴史の知識に欠けていて、日本古代史だけは何冊か読んだことがあったが、それも半世紀も前のことだ。現代史も、ベトナム戦争以前のことはほとんど知らない。第二次大戦以前の日本など、ぼくにとっては江戸時代のようなものだ。
 そんな状態だが、最近なんとなく気にかかることがあった。
 第二次大戦敗北前に少年少女だった人たちが、ほとんど例外なく、自分は軍国少年、軍国少女だった、と告白することだ。
 ぼく自身は辛うじて敗戦後の生まれで、ここに決定的な断絶があるように感じた。あまりにも例外なく軍国少年、軍国少女なので、「そうなのか。子供をだますということはそんなにも簡単なことだったんだ」と、にわかに納得してしまった。
 考えてみればそうかもしれない。人間が持って生まれた本能は、ただ動物として生きるのに必要なことだけで、それ以上のことは全部生れてから学ぶのだ。嘘を教えられても判断する方法がない。信じこんで当たり前なのだ。
 大人はどうだったのだろう。軍国少年少女たちの口から聞くのは、敗戦後大人たちがコロッと反対のことを言い始めた、大人は信用できないと思い軽蔑した、ということなのだ。
 だが、軽蔑するには当たらない。大人は子供たちのように心の底から嘘を信じてなどいなかった。ただ長いものに逆らうとやばいので、賢くふるまって嘘を信じているふりをしただけだ。というか、そもそもそれが嘘かほんとうかなど、彼らの人生には何の関係もなかった。そんなことは生きていく上で、考慮に値することではなかった。それが正しいと言われればそうですかと言えばいいし、じつは反対のことが正しかったのだと言われればそれもそうですかと言えばいい。
 大人は何も信じない。信じる必要がない。生きていければいいのだ。
 だが、子供は違う。生きていく上で必要なことをまだ何も知らないから、教えられたことを信じるしかない。これは決定的な違いだ。
 だから敗戦後の変わり身は大人たちの方が早かった(らしい)。
 とはいえ、大人たちも大戦前の教育から完全に自由だったわけではない。子供たちのように無邪気に神国日本を信じることはできなかっただろうが、信じているようにふるまわねばならなかったのだから、ふるまっているうちには自分で自分をだますようにもなる。どこまで信じていたか、どこまで疑っていたかは微妙な問題だ。
 そして信じていたにせよ、疑っていたにせよ、多くの大人が子供たちに嘘を教え、嘘を信じ込ませ、人を殺させ、また自殺させた。それが現実であった。
 こういうことが気になっていたときに、オウムの元幹部たちの死刑執行があった。
 オウム事件はぼくの子供たちから少しだけ上の世代が引き起こした事件だ。下手をすれば子供たちが巻き込まれていたかもしれない事件である。だから無論関心はあったが、知識はほとんどない。麻原本人に対してはまったく興味がなく、麻原に騙された人たちに関心があった。なぜ騙されるんだろう、と考えていた。
 それが今回、軍国少年、軍国少女たちとぴったり符合した。ちょうどそういうことを考えていたときだったので、これはまったく同じ構図じゃないかと、つくづく得心したのだ。
 なぜ騙されるのか。なぜあんなくだらない嘘を信じることができたのか。――だが、70年以前には、日本中が嘘を信じていたではないか。子供たちは本気で信じていたし、大人たちはどこまで本気か知らないが、少なくとも信じているようにふるまっていた。それもオウムに劣らない、下らない嘘だ。あんな嘘をなぜ信じることができたのかと首をひねるような嘘だ。70年以前には日本中がオウム信者だったのだ。
 オウムは少しも不思議な事件ではない。たしかにオウムに騙されたのは子供たちではない。もう少し上の世代だ。しかしいずれ未熟な若者たちだ。人生経験の少なすぎる年代だ。インテリの卵ばかりだったから、社会的により未成熟だったかもしれない。
 だが、誰が彼らを馬鹿に出来るのか。70年以前天皇制政府の馬鹿々々しい嘘を信じ、もしくは信じるふりをして、それを子どもたちに教え込んだのも、我々の祖先なのだ。
 同じ構図じゃないか。
 そんなことを考え、文章化したいと思っていたら、高橋源一郎に先を越された。今日の朝日新聞に、ぼくがここに書いたのと同じことを書いている。
 だからぼくは書く必要がなかったのだが、後出しジャンケンみたいだが、まあ、書いてみた。朝日新聞をご覧ください。

チャンドラーと心の声

 チャンドラーは、場所を書き、人物を書き、行動を書き、セリフを書き、表情を書き、しぐさを書く。では、心のなかは一切書かないのか、というとそうではない。これはわりと誤解されているのじゃないか。チャンドラーも心のなかを書く。ただし書きかたが自然主義の小説とはまったく違う。
 自然主義の作家たちは登場人物と作家とを混同してしまう。登場人物の心のなかを、地の文に直してしまう。それは人間のほんとうの心のなかとはなっていない。作家が書き換えた心のなかに過ぎない。
 チャンドラーは例えば次のように書く。

 エンシノ街のうしろの丘の茂みからは、燈火がもれていた。映画スタアの屋敷だ。何が映画スタアだ。ばかばかしい。ベッドの数を重ねた強者じゃないか。待て、マーロウ。今夜はどうかしているぞ。
(4行略)なぜ、みんな、ここで食事をするのであろう。家庭で食べればいいではないか。君と同じことさ。食いもの屋を牛耳っている親分に、うまい汁を吸われているんだ。また、始まったな。今夜はどうかしているぞ。マーロウ。
(7行略)百貨店のようなカリフォルニア。なんでもあるが、ことごとく、くだらない。また、始まった。今夜はどうかしているぞ。マーロウ。
(11行略)負けるべきでないものが負けるということだけだ。そんなことが、私の仕事なのだろうか。いったい、私の仕事は、どういうことなのであろう。私にはわかっているのであろうか。いや、そんな話はもう止そう。今夜はどうかしているぞ。マーロウ。今夜だけではない。いつでも、どうかしているじゃないか。
(4行略)待ちたまえ。映画界にも、いい人間がいるんだぜ。君の態度はまちがっているぞ、マーロウ。今夜はどうかしているんだ。

 2ページにわたって、フィリップ・マーロウの独白である。誰に対してしゃべっているわけでもない。心の声である。「今夜はどうかしているぞ、マーロウ」と5回繰り返している。マーロウという人物が心のなかでぼやいている言葉を、そのまま文字にしている。
 人間の心のなかとは実はこのようなものであるはずだ。脈絡のない言葉の連なり、繰り返し、行きつ戻りつ。作家は人物の心の声を忠実に写し取るだけである。

 こういうものを読んでしまうと、漱石の「こころ」など、ばかばかしくて読めなくなってしまう。人間の心はあのような整理された言葉にはできない。もちろん、あれは手紙だから、他人あての作られた文章にならざるを得ない。だが、それを読まされるのは、手紙の宛先人ではなくて、小説の読者なのだ。読者に宛ててああいう文章を書いてはならない。書き換えられた「こころ」を提供すべきではない。

 漱石は自然主義の作家から通俗作家呼ばわりされる作家だが、それでも自然主義の作家たちと共通した欠点を持っている。

 ちなみに、これは「かわいい女」からの引用である。



「長いお別れ」 2

 午前中で用事が一段落したので、きのうの続きを書く。
「長いお別れ」はたぶんこういうストーリーという、ぼんやりした記憶があったのだ。ところがそれは別の小説だった。いま思うと、たぶんフレドリック・ブラウンだ。フレッド・ブラウンは高校時代から好きで何冊か読んだが、いずれもSFだった。ところが一冊だけミステリーがあったのだ。題名を忘れて、きのう、あれから本棚を探したが見つからなかった。たぶん文庫の一冊本という記憶があったので、題名がわからなくても探せると思ったのだが。
 「長いお別れ」は、読んでいて、あ、結末はこうだという記憶がよみがえった。だが、途中の話をまったく覚えていない。
 ストーリーを忘れてしまっても、読後感のさわやかさだけが残っているのは、その文体のせいなのだ。日本の小説だけしか、あるいはせいぜい世界の古典文学しか知らない読者は、びっくりするだろう。文体の切れ味がすごく良い。自然主義文学の正反対だと言えば、だいたいわかるだろうか。
 明治以来の日本自然主義文学がどうにもたまらないのは、登場人物の心理をああでもない、こうでもないと、ぐだぐだと書きすぎるからだ。
 チャンドラーは一切書かない。書かなくても読者にはわかる。書かれている以上に分かる。主人公の心理も、他の登場人物の心理も。
 チャンドラーが書くのは、行動、言葉、表情、しぐさだ。つまり外から見てわかるものだ。それを書くことで人物たちの心のなかを読者に想像させる。
 チャンドラー作品は、ぼくに言わせれば推理小説ではない。探偵小説だ。どこが違うかというと、探偵の知り得たすべての事実を読者に公開していない。新しい事実が次々探偵の口から出てくる。これはフェアではない。全てが読者にあらかじめ晒されていなければ、読者は推理できない。探偵の後を追っていくことしかできない。だからこれは推理小説ではなく、探偵小説なのである。探偵の個性で読ませる小説なのだ。
 そういうように割り切れば、別に不満はない。新しい事実が次々出てきて、どんでん返しの繰り返しである。読者は油断ができない。これが真実だったのかと思った瞬間には覆されている。
 たとえばごく簡単な一例だが、最後の場面だ。

 私はうなずいた。「わざわざ来ていただいてすみませんでしたね、マイオラノスさん。ランディによろしくいってください」
「お礼には及びません」
「それから、こんど機会があったら、すじ道の通った話をする人間をよこしてもらいたいと伝えて下さい」
「何ですって?」言葉はおだやかだったが、語気は冷たかった。「私の話を信じないのですか」
「あんたたちはすぐ名誉にかけてといいたがるが、名誉が泥棒のかくれみのになることもあるんですぜ。怒っちゃいけない。おちついて、ぼくの話を聞きたまえ」

 といった具合だ。これは会話文のテクニックとしてもうまい。次の言葉が読者に予想できるような会話は退屈だ。常に読者を裏切るのでなければ、読む価値がない。

 しかし今回読んでいて、気付いたのは、チャンドラーの文章が意外と丁寧だということだ。簡潔だという先入観がある。たしかに簡潔なのだが、必要な描写は省いていない。新しい場所が出てくれば、その場所を短くだがちゃんと描写する。新しい人物が出てくれば同様だ。服装、背格好、顔、しゃべり方。
 そして会話はたしかに多いのだが、ときどき地の文をはさんで、話し手の表情や身振りを書く。これが意外と大事なのだ。素人はこれを書かないので、会話が宙に浮いてしまう。
 あと、もうひとつ。

 家に帰って、シャワーを浴び、ひげを剃り、服を着かえると、やっときれいなからだになった気がした。朝飯をつくって食べ、、食器を洗い、台所と裏のポーチを掃除してから、パイプにタバコをつめた。

 食器を洗い、掃除する。生活感にあふれているではないか。こういう生活感的描写が方々にある。
 もともと、探偵小説だから非現実的な物語だ。登場人物がみんな金持ちで、金持ちの世界の話だ。そうでなければ探偵を雇うことはできない。探偵だけが貧乏人で、それが金持ちの世界を歩きまわって、彼らと互角以上に渡り合うところが読ませどころなのだ。その探偵が、自宅に帰れば、食器も洗うし、掃除もする。そういう何気ない描写が、作品に現実感を持たせている。

 さてそこで、中山茅集子はこれを読んで、なぜ救われたのだろう?
 それは本人に聞いてみるしかないが、ぼくが想像するのは次のことだ。
 まずその突き放したような文体。じめじめしていない。乾いている。作家は文体によっておのれの思想を表明する、と常々ぼくは考えているが、このチャンドラーの文体がまず何よりも彼女の心にぴったり来たのではないか。
 しかもそれはがさつさではない。細やかさが秘められている。秘められていると感じさせる文体なのだ。
 そしてその文体がそのままフィリップ・マーロウの生き方となっている。
 ストーリーだけを追えば、通俗小説に過ぎないが、この文体を産み出し、その文体によって一つの人物像を作り出したことで、チャンドラーはたしかにある文学的業績を残したのである。







長いお別れ

「樹宴」14号発送のメールが来た。明日には届くだろう。22日が「まがね」の例会で、60号を受けとることになる。読者向けには、それを待って、2冊一緒に発送する。
「樹宴」は木沼氏の送信してくれたPDFによる注文だったから、すでに何度も経験しており心配ない。
「まがね」は初めての編集作業で、しかも途中でWORDの故障、メールの不通、印刷機の沈黙と、立て続けにトラブルが発生したので、少し不安だ。しかも最初から300部、一気に発注している。一部だけ試験発注したかったが、時間的余裕がなかった。

「樹宴」向けには、「スプーン一杯」が連載4回で完結したので、次は「失われた夜」を書き直そうと思っている。かなり思い切ってばっさりやる。ばっさりやって、さて何が残るだろう。8月末で締切を切られた。もうかからねば間に合わない。

 来年の「ふくやま文学」には、「朝」を出そうかと思っている。30年前の古い作品で申し訳ないのだが、いまの世相でどこまで通用するか、見てみたい。

「まがね」には久しぶりに新作を出した。もっとも書いたのは数年前だ。それも第1章だけ、30枚くらい。じつは続きが書けるという自信はない。ぼんやりした考えはあるのだが、具体的な構想はない。書き始めたらイメージが浮かんでくるのではないかと期待しているのだが……

 何か月か前に「かわいい女」(チエホフではない、チャンドラーだ)を再読したが、この数日、「長いお別れ」を再読していた。前書は30年前、後書は20年前に読んだが、どちらもスト―リーを憶えてなかった。「かわいい女」はだから気になっていたのだが、「長いお別れ」を再読したのには別の理由がある。
「クレーン」が天皇制を特集していたので気になって注文し、届いたので、ぼつぼつ読み始めている。そこに、「ふくやま文学」の中山茅集子が、天皇制とは関係なく、「酒の話」を書いていた。
 40代半ばで夫中山一郎が病気になって絵が描けなくなり、たちまち生活も不安だし、精神的に苦しい時代だった。いまから45年前の話だ(たぶん)。そのときに読んだのが、ヘミングウェイの「海流のなかの島々」とチャンドラーの「長いお別れ」で、この2作品に彼女は救われたのだという。
 そこに酒が出てくるのだが、前書ではダイキリであり、後書ではギムレットだそうだ。ぼくはどちらも飲んだことがないので、それはよいとして。――ヘミングウェイは若い時に文庫で出ていたものは全部読んだ。ところが「海流のなかの島々」は出たのが遅かった。ヘミングウェイを一通り読み終わって何年かしたあとで本屋で目にし、毎回、迷った挙句、この次買おうとして、とうとう買いも読みもしないままできた本だ。
 それでも、ヘミングウェイに救われるというなら、話はわかる。ぼく自身そうだったからだ。しかし、チャンドラーは、たしかに魅力的な作家だが、それに救われたとはどう救われたのだろうと気になった。
 しかも中山さんは、村上春樹の新訳まで読んでいる。そして、清水俊二の旧訳の方が、フィリップ・マーロウが魅力的だったと書いている。そこで気になった。とは言え今回村上春樹までは読めず、読んだのは清水俊二だけだ。
 読んで、ほかの小説と内容を混同していたと気づいた。

 続きは今度書く。今日はもう眠らねば。明日も忙しい。

「零地帯」第2号(民主文学東京東部支部) その1

木村陽治「堀田善衛のまなざし」

 これについてはすでに書いた。「広場の孤独」の適切な紹介に誘引されて、ぼく自身再読することになり、その小説のすごさを再認識した。中央公論版の「日本の文学」で読んだのだが、解説を担当した村松剛が、この小説の登場はほとんど事件であったと書いている。日本のマルクス主義文学者もこういう作品を書かなきゃならないのではないかと本多秋五が言ったとか。一方で、宇野浩二は、「うまい工合いに、いまの時世にむくような事を書き、それにふさわしい理屈も述べているが、ウスッペラで、作り事が、作り事になって、真実の感じがしない、読者の心にせまるものがほとんどない」と酷評したとも紹介している。村松自身、たしかにストーリーや人物設定にあいまいなところがある、と書いている。
 この、村松、本多、宇野の名前くらいは記憶にあるが、どういう傾向の人なのか、文学事情に疎いぼくはまったく知らないわけだが、まあ、小説というものは読む人次第ということなのだろう。
 ぼくに言わせると、作り事を書くのが小説だから、作り事だと言われてもどうしようもない。正宗白鳥は夏目漱石を文章のうまい通俗小説と言ったそうだから、明治以来の日本の伝統的自然主義文学の立場から言えば、ストーリーのあるのは通俗小説というくくりになるのかもしれない。
 主人公木垣は、通信社の記者ハワード・ハントと、新聞社が退けてから、羽田、川崎、横浜と移動することになるのだが、作者としては朝鮮戦争の最前線の中に主人公を置きたくて、そういう設定をしたのだろうが、小説の中では読者を納得させるだけの理由づけをちゃんとやっている。その理由づけに必要だったのが、ハントであり、あるいは張国寿だった。横浜に着いてしまうと彼らはもはや必要なく、ティルビッツ男爵が登場する。これは木垣にとっては偶然の再会だったのだが、男爵のほうではそう思っていない。木垣の妻京子はアルゼンチンへと出国する工作のためにすでに男爵と会っており、必要な経費の相談もしている。そういうことを木垣も知らず、読者も知らないままに話は進んでいく。男爵は木垣をタクシーに押し込んだ際に、木垣の胸ポケットに何かを入れた。それは百ドル札13枚、千三百ドル、50年当時の交換レートで、52万円、同じく50年当時の貨幣価値で言えば、たぶん平均的勤め人の年収くらいに相当するのではないか。
 小説の後半は、この金は何なのかというもやもやを抱いたまま展開する。新聞社に帰っての徹夜の明けた朝、妻と幼子の待つ貧しい貸間に戻ってきて、妻の話に謎が解ける。と同時に木垣はこの大金を火にくべてしまう。木垣と妻とが札束を火から出したり入れたりする過程で二人とも手に火傷を負う。
 そしてそこから物語は半日飛ぶのである。夜になって、夫婦がセックスを終わった後、御国と立川が窓をたたく。彼らはレッド・パージで新聞社を追われたのだ。木垣は二人を部屋へ招じ入れる。京子が高級ウイスキーを饗ずる。二人が帰った後、京子は男爵と会って顛末を話してきたと打ち明ける。男爵は売春をほのめかすが、京子はそれを断り、千三百ドルの代りに、ウイスキー1本をもらって帰ってきたのである。
 つまり、男爵と京子の関係は木垣も読者も知らないままに物語の背後で進んでおり、詳細は不明なままに、読者の想像力に任されていて、ただその結果としての木垣や妻の行動だけが叙述される。
 ストーリーが通俗的だと言われてしまえばそれまでだ。その通俗性をオブラートに包んで、なんだか聞いたふうな議論を散らばしてごまかしている、と宇野浩二は受け取ったのだろう。
 だが、全国の若い知性がこの小説に沸き立った。アメリカの支配下にある敗戦国日本の知識青年たちの、やりきれないもやもやをこの小説が表現していたからだろう。

 木村さんによる紹介文から話が離れてしまった。「広場の孤独」を紹介した後、木村さんはいくつか個人的な感想を述べていて、それも興味深い。
 氏がこの小説を読んだ20歳の時とは1956年で、その年、氏は共産党に入党し、10月には砂川闘争に赴いた。ところがその直後、ソ連はハンガリーに侵攻し、ナジ首相を連れ帰って処刑してしまう。共産党はこれは反革命への鎮圧だ、CIAの陰謀だったのだと宣伝するが、氏にはどうしてもそうだとは思えない。「しまった、共産党に入るのじゃなかった」と思ったそうだ。
 このとき氏は堀田善衛の「砂川からブダペストまで」という評論を読み、砂川の闘いもハンガリーの闘いも同じことだという指摘にうなずいたのだという。のちに共産党はハンガリー事件への判断の誤りを認めた。また68年のプラハの春に際しては、最初からソ連を批判する立場をとった。
 共産党の東京都議会議員を勤めたバリバリの党員の木村さんにもそういう若い時代があったと正直に語ってもらうとなんだかうれしい。
 私事だが、ハンガリーのときはぼくはまだ子供で何も知らなかったが、プラハのときはすでに学問に見切りをつけ、アルバイト先で知り合った年下の浪人生たちと、同人雑誌を始めていた。彼らと銭湯に入り裸で交わした会話が忘れられない。
 一人が、アカハタは何故プラハのことを書かないのかと息巻いた。ぼくはどう答えてよいか少し戸惑った。そのときもう一人が、アカハタは一般紙じゃなくて政党の機関紙だから党内の意見をまとめなければ書けないだろう、と言ったのだ。正解だった。ソ連を批判する見解はまもなく発表された。
 ぼくは党員じゃなかったし、誰も党員ではなく、むしろ口を開けば党の悪口を言いあっていたが、それでもアカハタがどう書くかということはみんな気にしていた。

 この「堀田善衛のまなざし」については数行書いて終わるつもりでいたら、書き始めたら止まらなくなった。「零地帯」2号はほかにも面白い作品が多いので、いったん切って続きとする。

「零地帯」第2号 その2

田中克人「穂を摘む鷹」

「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」の若泉敬である。もっとも主人公は敬ではなく、敬の身近にいたとする、おそらく架空の人物で、フィクションなのだろうと思う。
 京都の左翼学生の間では、若泉敬は高名な悪人だった。アメリカ帰りの政治学者で、京都産大教授、その創立に尽力した。京都の大学がみな左傾化したので、右翼の楔を打ち込むためだと言われた。若泉はCIAのスパイであるという噂だった。
 とはいうもののぼく自身は日本政治の実際にそんなに興味があったわけではないので、それ以上には何も知らなかった。
 72年の沖縄返還に際し「核抜き本土並み返還」と宣伝される裏で、非常時核持ち込みの密約が結ばれていたという話はいつのころからか耳にしていたが、佐藤首相の密使として外務省も抜きにしてこの交渉に当たっていたのが、まだ40そこそこの若泉敬で、1994年「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」という書物にすべてを暴露し、1996年、青酸カリで自殺した、ということをぼくが知ったのは、かなり後のことだ。「へえ~、あの若泉が……」と、たいして知っていたわけでもないのに複雑な思いがした。
 田中克人による小説は、河原岳男という新聞記者が主人公だ。沖縄特派員から帰って来て早々、元官邸キャップの先輩記者に呼ばれて、赤坂の一流料亭で若泉敬(作中では敬太郎)を紹介される。沖縄の人々の実情が知りたいという。河原は自分の見聞きしてきたことを熱心に話して、若泉から人物を信頼される。極秘の交渉をしていることも打ち明けられて、何度か会合を持つ。だが、交渉の内容を語ることはなかった。72年5月沖縄は返還された。
 10数年後というから80年代の後半か、密約の噂が立ち始めていた。河原は若泉とは無関係に、自分の知り得た情報の分析から、密約はあったという論文をペンネームで発表する。発表した雑誌に圧力がかかる。著者名を明かすことを社長の松田が拒否すると、広告が減り始める。電通(作中では電博)から広告を出せないという通知が来る。雑誌社存亡の危機だ。松田が電通を訪ねると、電通取締役大森岩男は松田に対して暗に、著者名を明かせと示唆する。
 翌日電通の使いが来て、「昨夜神保町のバーでご一緒だった方ですね、うなずいていただければすべて終わります」という。松田はうなずく。昨夜河原と会った時、名前を明かしてもよいと河原から言われていたのだ。
 広告はすぐに元に戻った。河原は現場記者から編集担当に格上げした。というのは名目で、事実上仕事はなくなった。内職原稿や講演依頼で懐は潤った。
 河原にとっては、圧力をかけてきた電通専務が大森岩男であったことがショックだった。大森は中学高校時代の親友であり、大森の父親は気骨のジャーナリストで、河原がその道に進むきっかけを与えてくれた人だった。
 1996年、河原と大森はあるきっかけで出会うことになる。そこで大森は意外なことを打ち明ける。
「雑誌社の松田を尾行はさせたが、店の名前だけ確認させてすぐに帰らせた。相手が誰だか知る必要はなかった。自分にはわかっていた」
 そしてそれは、
「論文の著者をその文脈の癖から当てることができないかと考えて何度も読んだ。その結果気づいた。あの論文のロジックは親父のロジックだ。そしてそれを受け継いだのは、河原、おまえだ」
「おまえは執筆者が俺だと気づいてどうしたのだ」
「政府関係者に真顔でこう言った『彼は消しました』とね。その男は真っ蒼になって帰っていったよ」
 そうしておいて、大森は新聞社に圧力をかけて、河原を現場から外させたのだ。
 その話の後、大森が置いていった新聞を河原が何気なく見ると、若泉の自殺が報じられていた。その写真には大森が涙を落したらしい跡があった。

 じつに突拍子もないミステリーで、良質のエンタメと言ってもよい。もちろんフィクションだろうが、もしかしたらあったかもしれないと思わせるものがある。
 日米間を何度も往復して、佐藤栄作とキッシンジャーの間をつなぐという程の人物が、沖縄の情報を一新聞記者から得ようとしたというのはちょっと現実性に欠ける気がするが、外務省にも秘密の仕事、首相本人以外誰も知らないという任務であれば、極端に孤独な立場だったとも思われ、後に真剣に悩んで、沖縄県民にお詫びするという遺書を残して死んだという誠実な人物なのだから、ひょっとするとあり得たかもしれないと思わせるものがあるではないか。
 作者は河原に、若泉は誠実な男だったが、「その純粋な大和魂に少し不安を感じていた。政治とは絶対に両立しない純粋な思想を持った学者だと思った」と言わせている。
 自殺という解決方法に対する作者の批判でもあろう。

「零地帯」第2号 その3

橘あおい「宮本百合子とフローレンス・ナイチンゲール」

 これも興味深く読んだ。ナイチンゲールについては何の知識も持っていなかったから。
 著者は戦前の修身教科書がナイチンゲールをどう描いたかから語り始める。幼少期のナイチンゲールが、足を折って安楽死させられそうになっている犬を見て、牧師をつれてきて安楽死を止めさせ、副木を当てて応急措置したという話を、修身教科書は、ナイチンゲールの心の優しさとして取り上げ、一方で天皇のために死ねという教育勅語を暗唱させながら、「生き物を憐れめ」とぬけぬけと書いている、と橘さんは批判し、それに対して宮本百合子が、検閲の厳しい時代に同じ話をどう書いたかを紹介している。
 百合子は、「犬をかわいそうと思うのは子供なら当たり前で、特別なことではない。この話が実話だとして面白いのはむしろ次のことである。単にかわいそうと思っただけではなく、安楽死を止めさせるために牧師をつれてきたこと。副木を当てて手当てしたこと。つまり彼女の実際的な行動力と判断力をこそ評価すべきである」として、そういった素質は上流階級の生まれという恵まれた育ちのなかで育まれたものであろう、というところまで見ている。
 著者はこれをすぐれた観点として記しているが、ぼくもそう思う。
 少し先走ったが、橘さんはまず看護婦制度の歴史から見ていく。基本的に看護婦とは赤十字看護婦として組織される従軍看護婦である。召集令状が来れば戦地に赴かねばならない。元は低い身分の女性しかならなかった看護婦にナイチンゲールは自ら志願し、クリミア戦争で活躍した。このことが看護婦の地位を高めるとともに、犠牲的精神が押し付けられ、軍隊制度の中に組み込まれていくもとともなった。
 次いで著者はリットン・ストレイチーのナイチンゲール評伝を取り上げる。ストレイチーはナイチンゲールに関する世評を頭から否定したらしいのだが、残念ながら、この引用部分が、校正ミスなのか、単語や文章が抜け落ちているらしく、意味不明である。
 この意味不明部分におそらく関連して、著者が最後に取り上げるのは、10年前にやっと明らかになったという、クリミア戦争時にナイチンゲールが赴任したトルコのスクタリ病院での現実である。
 じつは野ざらしにされた負傷兵や、他の病院に送られた負傷兵よりも、スクタリ病院の負傷兵のほうが死亡率が高かった、という調査結果が握りつぶされていた。ナイチンゲール当人はこの調査結果に衝撃を受けてその原因が病院の衛生環境にあったことを突き止め公表を望んだが、スクタリの神話を守りたい人々によって阻止されたのだという。
 いずれにせよ、ナイチンゲールはその後も病原菌とのたたかいよりも、公衆衛生を重視する方向で貢献した。それをどう評価するかという点では、百合子による評伝に対して著者は別の考えを持っているようである。
 後半、ナイチンゲールから離れてしまっているのが残念である。もともとナイチンゲールと宮本百合子を並べて書くのが著者の目論見だったようだが、むしろナイチンゲールに絞って、もう少し整理して書いたら、もっとよかったと思う。

「零地帯」第2号 その4

たなかもとじ「やまあいの雪」

 身近に、娘を若くして失った女性が二人いる。どちらも書く人で、永年書いているのだが、娘のことは書かない。書けないのだと言う。思いが溢れてとても小説にはできないのだろう。
 たなかさんもやはり若くして失った息子さんに強い思いを抱きながら、氏の場合は、二人と違って、その思いを書いてきた。
 そういう経験のないぼくには、その心中を察することは難しい。何十年前だったか、ぼくの母が、「私より先に死なないでよ」と言ったことがあった。どういう話からそうなったのか記憶にないが、両親との間にほとんど会話のないままだったぼくに対する母の言葉として印象に残った(もっとも、母はいつも一方的にいろいろとしゃべっていたか――)。
 自分が親になり、いくらか年取ってくると、この母の言葉を身に染みてほんとうだと思うようになった。子に先立たれたくはない。これはヒトという一匹の動物としての本能なのだろう。

 しかしながら自ら経験のない身で、重い体験を持った人の作品を論評するというのは難しい。難しいが、たなかもとじはもはやアマチュアというよりもそれなりの文学業績を持った人なので、このさい、率直に書かせてもらおうと思う。

 何を書こうとするのか、ということなのだ。故人を書くのか。その場合にも二つのケースがあるだろう。現実のその人を書く場合、それから、まったくのフィクションとして作り上げる場合。前者の場合は、作らずに、生きてきたその人をありのままに書き上げる作業になるだろう。読者もそういうものとして受け取るところに、その作品の価値があるだろう。後者の場合は、作者が何を表現したくてフィクションを創り上げたのか、ということが問われることになるだろう。
 だが、たぶん、いままで読ませてもらった限りで(あるいは読み落としたものもあるかもしれないが)、たなかもとじは故人を書こうとしているのではない。子を若くして亡くした親の思いを書こうとしている。
 そういうことになると、やはり経験のない者として、どういうふうに書けるのだろうかということがはっきりつかめない。
 ただ、ぼくも友達は大勢失くしてきた。若いころ親しく付き合った友達のほとんどがどういうわけか皆ごく若いままに亡くなってしまった。そういう彼らへのぼくの思いというのは、どういうものであるのか。と考えてみると、それは生きていた彼らの、その時々の身振り、表情、言葉なのだ。そういうものがときたま心に浮かび上がってきて、やるせない気持ちや、もっとちゃんと付き合っておけばよかったという悔いになったりする。
 何よりも一番に心に浮かぶのは顔である。顔、という、つまり肉体なのだ。肉体という具体なのだ。
 たとえば「風立ちぬ」にしても、「野菊の墓」にしても、「智恵子抄」にしても、そこに描かれるのは、やはり亡くなった人の生きているときの姿である。そういう具体である。対象の具体である。自らの思いの対象の具体である。そういうものとして以外に人間の思いというものは存在するだろうか? 思いとは常に何かに対する思いではないのか。

 しかし、子を失うということは、まったく意味が違うのだろうとは思う。
 ではあるのだが、ぼくがここで言いたいのは、たなかさんの今回の作品から、必ずしも思いが読み取りきれないということである。思いを表現する方法として、やはり具体的に思いの対象が書かれることが必要ではないか、というとりあえずのぼくの考えと、そのほかにどういう方法があるだろうかという模索として、ここに提起したい。
 私見を言わせてもらえば、住職の言葉で締めくくる形になったのはちがうのじゃないか。言葉で締めくくれば理屈になる。人の心は理屈では解決できないし、まして他人の理屈では解決できない。本人が心のなかでどう扱っていくかの問題だろうから。それは全面的に主体的な問題なのだ。

「零地帯」第2号 その5

紫野咲 葦女「秀男の宝物」

 中学生の男の子が東京から名古屋まで自転車で旅する話である。箱根がいちばんの難所らしい。登りは押していく。頂上へ来てあとは楽だぞと思った途端パンクして、今度は抑えながら下りなければならない。たいへん苦労して、人の情けに助けられながら敢行する。
 こういう話は行路の具体的な描写が命だが、ペンネームからいって作者は女性だろうと思うのに、隅々までペンが行き届いている。息子さんの経験を聞き書きしたのだろうか。

木沼駿一郎「悪夢」

「悪夢」の二番目の話「携帯電話」が面白かった。最後から3行目「夢だったのだ」は要らなかった。夢なのか何なのかわからないままに終わらせたほうがよかった。木沼さんの作品には珍しく非常にまとまりがいい。携帯電話について妙な理屈をこねまわす、得体のしれない男、エンジニアか、哲学者かと思えばマジシャンのようでもあり、悪魔っぽくもある。この人物の理屈が決して俗に流れていない、けっこう聞かせるし、めちゃくちゃなんだが存在感がある。切れ味の鋭い好短編である。

 木沼ワールドは大都会の片隅に生きる勤め人たちのなんてことない生活の描写が主体で、そこに魅力があるのだが、この作品は異色である。こういうものも書けるのかと感心した。
 しかし、どちらにせよ、木沼さんは短編で勝負すべきだと思う。面白い話を豊富に持っている。ところがそれを脈絡なくつないで中編にしてしまう。ひとつひとつ独立の短編として書くべきだ。すぐれた短編1本には長編1本と対等な価値がある。

坂井実三「二つの小さな物語」

 よどみない文章、書きなれている。過去にどういうものを書いてきた作家か知らないが、老いて、何を書いてよいかわからなくなった。それをそのまま正直に書いている。途中まで面白かったのだが、最後痴漢冤罪の話になってしまって、ありふれた話なので、興を欠いた。
 主人公のキャラが定まらないことを嘆いている。嘆いている人物は三人称で、主人公は一人称なのだ。これは工夫なのだろうが、成功したとは言い難い。登場人物のキャラをどう作り上げていくかというのは書くものにとっては付いてまわる問題である。もっとこの問題を突き詰めてみてほしかった。
 若い時は誰しも「これを書かなきゃ生きていけない」という切羽詰まった気持でものを書く。ところが60になり70になり、可もなく、不可はたくさんあったが、結局なんてことなく生きてこれた。「これを書かなきゃ生きていけない」なんていうテーマはもうない。
 で? どうするのだ?

 ぼくも作者と同じ気持ちなので、この作品はよくわかります。

 残りの作品にもそれぞれ興味を引く点はありましたが、今回は割愛させてください。
 以上、「零地帯」第2号評、終わりです。

谷本 論「社会主義リアリズムとは何だったのか」

 この論述が手塚英孝賞をとったことは、ぼくには多少衝撃だった。手塚英孝についてもその名を冠した賞についても何も知らないが、たぶん民主文学会がこの論述を公認したということだろうと思ったからである。
 最初にこの論述が出たときも驚いたのだが、ひとつの論として載ったということなのだろうと思った。だが、今回、それはひとつの論から公けの論になったような気がする。
 周囲の反応を知ろうとして力が抜けたのだが、若い人は「そもそも社会主義リアリズムって何?」という感じで、その言葉自体が初耳なのだ。周辺では古い人が引退してしまって、残っているのは一人だけなのだが、その人も理論問題には最初から興味がない。
 そういうことだったのかーーそんなものにこだわっていたのはほんの一部の人間だったのか。
 ぼくにしても、その言葉の意味について特に考えてみたことはない。70年ころの共産党関係で文学に関心のある人たちのあいだで、なんとなく交わされた言葉で、ぼくはむしろ無視していた。ぼくは政治的には共産党に関心を持っていたが、文学としては、彼らの論には興味を持てなかった。ぼくは全然違うところで小説を書いていた。
 民主文学に参加したのも、別にその会の文学論に賛同したからではない。たまたまその会が身近にあったからだ。そしてむしろ、民主文学的なものに反発するような形で書いてきた。
 反発したということは、無視できなかったということなのだろう。だから、「社会主義リアリズム」は、なんとなく気になるイズムだったのだ。
 今回、谷本論はこれを「単にスターリンの独裁のための手段であり、およそ論とも呼べない論である」と切って捨てた。見事だった。衝撃が走るだろうとぼくは思った。
 だが、どこにも衝撃はない。それどころか、あっさり公認されてしまった。すでにそこまで人々の意識が来ていたということなのか。というか、最初からそんなものをありがたがっていたのはほんの一部の人たちで、他の人々は最初から無関心だったということなのかもしれない。

「樹宴」14号、目取真俊

 メールが何とか機能し始めたようなので、「樹宴」14号を発注した。7月11日に届く。ところが今が5月だと勘違いしていて、ずいぶん先だなと思ったら、何のことはないすでに6月19日である。
 一ヶ月も間違ったのは初めてだ。人の名前は次々忘れるし、日本語が出てこないことが頻繁にある。これがいちばんいらいらする。
「こういうことを表現する言葉があった」と思うのにそれが出てこない。その言葉が出てこないあいだ、「こういうこと」というのがどういうことなのか、あいまいではっきりしない。考えるほどわからなくなり、その言葉が出てこないので、書きかけた文章が先に進まない。しまいに諦めて中断する。そして生活する。すると何かのはずみでふとその「ことば」が出てくる。「ことば」が出てくると、自分が何を言いたかったのかということがやっとわかる。
 目取真俊「水滴」「風音」「オキナワン・ブック・レビュー」三作読んだ。「まがね」の来月例会課題作である。「民主文学」6月号で、尾西康充が取り上げたことがきっかけになった。尾西氏の評中、一箇所ミスがある。「風音」の主人公の名前を、「当山清裕」としている。「清裕」は「水滴」の登場人物の名前である。「風音」のほうは「清吉」が正しい。
 尾西氏の評はずいぶん学者的だなと思ったら、やはり学者だった。国文学の教授である。さまざまな目取真評を引用して、それに対置する形で自説を述べる。いろんな人が目取真俊を論じているので驚いた。ぼくはこの作家を知らなかった。ネットで見ると、どこかの教授が目取真をぜひ英訳してもらいたいと思って、シカゴ大学での日本文学研究者の集まりに本を持参したら、そこに集まった人々はとっくに目取真を知っていて、すでに翻訳にかかっているのだそうだ。
 作品はたいへん面白い。面白いし、考えさせられる。これもいま読まれるべき作品群だ。ただし、「オキナワン・ブック・レビュー」は、ネットではこれが最高傑作という評もあったが、ぼくのセンスには少し合わない。「水滴」と「風音」がいい。
 書く立場から言うと、やはり叙述が具体的で、細部の描写が丁寧だ。素人作家の悪い所はストーリーを書くのに一生懸命で、場面場面の描写、人物の描写がおろそかになるということだろう。骨だけを書いて肉も皮膚も書かないのだ。読ませる作品というのは、肉と皮膚とをしっかり書いている。あと、ストーリーを一本だけにしない。一本のストーリーから派生してもう一つストーリーが出てくる。これによって作品が複合的になり、単調さから救われる。登場人物も複合的になり、書かれている事柄も複合的になる。

堀田善衛「広場の孤独」

 半世紀ぶりに再読した。
 木沼駿一郎が「零地帯」をくれたので、パラパラとめくっていたら、「広場の孤独」が目に飛びこんできた。
 木村陽治「堀田善衛のまなざし」(「零地帯」第2号 民主文学会東京東部支部)
 懐かしさで、その論評を先に読んだ。ずいぶん詳しく紹介している。この評者はぼくより10くらい年上のようだが、20歳の時に読んだそうだ。その10年後、ぼくはたぶん20歳をいくつか超えていたと思うが、読んだ。
 最近、「ふくやま文学」の中山茅集子の話にちょくちょく出てくるので、気になっていた。
 論評を読んでいて、自分が「広場の孤独」の内容をまったく覚えていないのに気づいて、ちょっとあきれた。
 ぼくの記憶にはぼんやりした印象しか残っていなかった。共産党への共感と反感と併せ持って、結局どちらも選択できずに広場に一人立つ若いインテリ、というイメージだけが残っていて、読んだ時は深く共感し、その共感はずっと抱いていたが、小説の内容のほうは完全に忘れてしまっていた。
 木村さんのほうは、このあと堀田善衛を読み漁ったらしい。「キューバ紀行」にも触れている。ぼくもそれは読んだ。その内容はいくつか憶えている。
 今回木村さんも再読して書いているのだが、小説の要点を的確につかんで詳しく紹介している。
 論評を読ませてもらったあと、早速ぼくも再読にとりかかった。もともといずれはと、思っていたのだ。あまりにも内容を忘れすぎているので、すぐに読む気になった。
 こんなすごい小説だったのかと、改めて思った。
 内容紹介は木村さんが丁寧にやっているので、そちらを読んでもらうとして、小説の結構というか、組み立てにも今回目を引かされたので、それについて述べたい。
 ちょっと凝った作りになっていて、半ばを過ぎたあたりで、主人公木垣が小説の構想を思いつく。もう少し後で、そのタイトルは「広場の孤独」にしようと考える。そしてラスト、原稿用紙に「広場の孤独」と書いたところで終わる。そうして書きあがったのがこの小説である、という仕組み。もちろんわりとよくある企みだ。サルトルの「嘔吐」がそうだし、ほかにもあった。
 しかし、この小説の場合、そういう仕掛けが小説の主張とぴったり重なっている。それは単なる仕掛けではなく、作者がこの作品で言いたいことなのである。
 台風の「目」は空虚である。それはそれだけではなにものでもない。「目」を取り巻く状況が、それを「目」にする。そういうふうにして一人の人物を描き出すことができないか。
 Stranger in town 広場の孤独
 主人公木垣は30半ばのフリーの翻訳家だ。もといた新聞社をごたごたで辞めて推理小説の翻訳などでほそぼそと食べていた。朝鮮戦争が始まって新聞社の外電翻訳の仕事が忙しくなり、右翼系の新聞社に臨時に雇われて働き始めて10日ほど。1950年7月、アメリカ軍は釜山まで追い詰められ、日本海へ蹴落とされる瀬戸際まで来ている。
 レッド・パージの発動される前日の夕刊締め切り間際の新聞社から始まり、主としてその午後から一晩、朝の帰宅後の事件までの疾走的な叙述の後、半日くらい置いてレッド・パージ当日の夜で終わる。
 同僚の御国と、印刷工の立川という二人の共産党員。アメリカの通信社記者のハワード・ハント、ハントの同宿には国民党側の記者張国寿、これはたまたま木垣の上海時代の知り合いだった。オーストリー貴族のなれのはて、老ブローカーのティルビッツ男爵、これも上海以来の腐れ縁。そして、木垣の妻京子は法律上の妻ではない。元妻と離婚するための手切れ金が木垣にはないからだ。この京子は上海のドイツ大使館勤務時代にスパイの疑惑をかけられ、いまアルゼンチンに逃亡したくて躍起となっている。
 こういう言わば裏ストーリーともいうべき木垣のプライベートが、物語の裏で動いている。その隠された部分が最後に表面に出て来て、表のストーリーと分かちがたくつながる。このへんの叙述はミステリータッチだ。
 そのほか副部長の原口、元二世の土井(アメリカ育ちの日系二世なのだが、在日中に開戦になり、憲兵の通訳をやってアメリカ国籍を失った)といった、さまざまな立場の人々との間に噛み合ったり噛み合わなかったりする言葉がやり取りされ、それはまた木垣の頭の中ではいっそう縺れて終わることのない煩悶となる。
 戦場から次々入ってくる電信の翻訳に明け暮れる東京の新聞社から、戦場との間を行き来する飛行機が飛び交い、負傷兵を乗せた救急車が走り回っている羽田へ、そこからさらに軍需景気に沸き立ち、夜を徹して動いている川崎の重工業地帯、そして様々な国籍の怪しげな人々と札びらと陰謀とが充ち溢れている横浜のキャバレーへ、そこから舞い戻って真夜中の新聞社、そして朝が来て、妻と幼子の待つ木垣の借間へ。マイホームへ帰って落着するのではない。そこで決定的な事件が起こり、表の物語と裏の物語が一つになる。その午後レッド・パージの発動。
 いわば朝鮮戦争の前線基地ともいうべき東京周辺を一晩の間にぐるっと一周りするような形で駆け抜けていく。その一晩の間に様々な物語が展開する。
 非常に密度の高い小説である。
 ぼくの記憶のなかではもっと観念的な小説に思えていた。もちろんこの小説のなかではずっと思索が展開していくわけだが、それが展開されるのは戦場のすぐ隣に接してその影響を強く受けている現場そのものとの関わりにおいて、そして戦場と密接に関わっている人々との関係においてなのだ。
 観念が独り歩きしていない。否むしろ観念は空虚なのだ。それは台風の「目」だ。それを台風の「目」となすのは、「目」の周囲の状況なのだ。この状況を描き出すことによって、「目」を描き出そうとしている。
 キーワードはコミット commit もしくは commitment。
 敗戦からわずか5年、戦争で崩壊した日本経済が、いま戦争によって回復しようとしている。商売人は喜び、労働者も喜んでいる。インテリにも働く場所が出来た。日本はすでにコミットしている。日本人はコミットしている。自分はコミットしている。
 主人公木垣は、共産党員御国や立川に惹かれながらも、そのあまりものあいまいさのなさに、違和感を捨てきれない。問題意識の決定的なずれを感じて、それ以上入り込むことができない。
 そして広場の孤独、Stranger in town なのである。

 文学的にも非常に興味深い作品で、こういうものを読むと、いまの芥川賞なんてずいぶんレベルが低いなあという感じになる。だいたいいまの小説には政治が関与しない。大江健三郎の「われらの時代」だって、すぐれて政治的だったではないか。政治を抜きに人間を語ることはできない。
 こういうことをいま一度ぼくらは考えてみる必要がある。

 その上にまた、「零地帯」の木村さんがいまこれを取り上げたのはあまりにもタイムリーだ。ここには敗戦後日本の原点がある。ここから考えねば始まらないという感じ。いままさに、そのときではないか。広場の孤独、Stranger in town。
 キーワードは commit もしくは commitment。

とりま

 孫に「とりま」と何度言っても通じず、何回目かに「なんだ、“とりま”のこと? なに言ってるのかと思った」と言われてしまった。つまりアクセントが違うのだ。それで気づいたが、ぼくはこの言葉を目で見ただけで、耳で聞いたことは一度もない。だからぼく流のアクセントで使っていた。
 ぼくにはこういうことが多い。漢字も目で見るだけで、耳で聞いたことがないものが多く、だからぼく流に読んでいて、いまになって間違いに気づくことも多い。麻生太郎どころじゃないのだ。ぼくは麻生太郎を笑えない。
 いまでは片耳が全く聞こえなくなって、人の話を理解するのに苦労するが、もともと耳で生きてこなかった。目で生きてきた人間である。
 アクセントが違うと言われても、ぼくには直せない。音痴だし。
 ちなみに、「“とりま”はいまはもうあまり使わない。ワンチャンの方が多い(one chance?)」のだそうだ。言葉がどんどん古くなっていく。とても追いつけない。

「民主文学」18年6月号7月号

「民主文学」の新人賞2作と、7月号の3作と、久しぶりに全部読んだ。「まがね」が一段落ついたから読めた。新人賞2作(新人賞と佳作)については合評したので、「まがねブログ」に要約が載るだろう。
 ぼくはどちらもとても興味深く読んだ。文学作品としては梁正志「奎の夢」の方が上だと思ったが、田本真啓「バードウォッチング」はともかく面白さで読ませた。こういう作品は好きだ
 合評でも指摘があったが、問題をいろんな角度から追及して、「こうだ」と断定していない、そこに好感を持った。「こうだ」と答えが出るようなら、小説なんか要らない。答えられないから小説を書くのだ。
 カントとピーターパンと介助と並べて、三題噺というわけで、しゃれた構図である。しかも必ずしも上っ面ではない。かなり読み込んで書いている。
「たとえば永遠平和。それらはやっぱり抽象的で、現実化するにはあまりに脆すぎるわけだけれど、いざ信じることはおろか、顧みることさえ諦めてしまったら、おそらくそれらは妖精と同じで、本当に死んでしまうんだと思うんです」
 ただ現実にだけ寄りそって問題を考えていたら、見えなくなってしまうものもあるのではないか。違う角度からも見るということを促すところに文学の役割があるのではないか、ということを思い出させてくれるフレーズである。だから介助も様々な角度から見る。
 弱点をいくつか。やはりわかりにくいところがかなりある。冒頭からして分かりやすいとは言えない。もう少し書き方に工夫が必要だ。
 作品の実質的な主役はばあちゃんなんだが、ばあちゃんが舞台表面に登場するのは、2箇所だけ。「僕」の少年時代と、それから20年飛んで、3年前ばあちゃんが認知症を発症した時である。その間の20年間のことはまったく分からないのだが、それはそれとしても、現在のばあちゃんが希薄である。そこにいるのだが存在感がない。特にラストの場面、車椅子のなかにばあちゃんがいるように見えない。これは決定的だ。
 もうひとつ、最後の場面で、ヤマネコさんが、「ま、難しいことはよくわからんが」というのは違う。「僕」よりもずっと理屈を並べてきたヤマネコさんなのだから、「ま、今日は理屈は言わないが」くらいにしておかねばキャラが成り立たないだろう。

「奎の夢」には、合評では批判もいろいろ出た。歴史の事実にもとづいて書いているので、その点での難しさがある。この点はどうなのかという意見が各所に出た。ぼくも現代史をよく知らないので答えられない。
 もちろん明らかにフィクションの部分もあるのだが、その点での視点の移動などが選評で指摘されていたが、ぼくはこの作品に限っては視点の移動によるフィクションは認めてもいいように思った。それが史実の根幹をゆがめるわけではないし、ある程度小説的面白さがないと、読んでいけないからだ。
 合評での指摘部分は「まがねブログ」に載るだろうが、当否はよくわからない。ぼくの印象としてはよく調べて書いていると感じた。
 そしてなによりも、いまいちばん書かねばならないことだとも思った。

「ライク・ア・ローリングストーン」も読ませる作品である。渥美二郎はいつも読者をつかんで離さない。楽しく読んだ。
 ただ、疑問もある。障害とは傾向なのか? 傾向は誰にでもあるし、その種類も程度も人さまざまだ。障害と傾向との間の垣根なんてあいまいなものなのかもしれない。
 それでもぼくが不安になるのは、次のような記事を新聞で読んだ記憶があるからだ。
 若年認知症の人が、「私だってしょっちゅう物忘れするわよ」と言われて傷ついたという話である。「物忘れと認知症とはまったく違う。そのことをわかってくれていない」と感じたのだという。
 垣根はあるのかないのか。それはあいまいでよいのか。それともそれをあいまいにすることが新たに別の問題を生むということはないのか。

 井辺一平「冷える月」
 倉敷民商事件を土台に書いたらしい。ほかにも全国的に起こっている問題らしいが、作者が参考文献として挙げているのは、倉敷民商事件である。わが「まがね」の地元の事件である。それを我々が書けなかったというところにいまの「まがね」の実力が現れているような気もする。そういうことを書けた人々が老いてしまい、いまの我々には実際実力がない。
 日本語の使い方はめちゃくちゃ下手である。外国人が書いたのではないかと思うくらい下手だ。ため息をつきながら読んだ。
 しかし書いてある内容はすごい。ため息つきながらでも読まずにおれない。多くの人に読んでほしい内容だ。
 文学団体として、こういうものをもっと大衆化するための手が打てないか。つまり、誰かがもっとちゃんとした日本語で書き直すということがあってよいのではないか。
 もちろんただ日本語が上手なら書けるというものでもない。作者の書いた内容をちゃんと理解できるだけ事情にも通じる必要があるだろう。
 また他方、こういうことも思う。
 純粋に法律的事項の叙述、たとえば79ページの下段などはとてもわかりやすい日本語になっていて、明晰である。この作品の日本語の下手さは、これを小説にしようとする努力のたまものではないか。小説的に書こうという無駄な努力をしなければ、この人はもっと上手な日本語を書ける人なのではないか。

 最後に、木下道子「酒蔵の街」は楽しく読んだ。そこそこ高齢の女性はたいがい文章がうまい。文章がうまいと読んでいて楽しい。

WORDの縦書横書異常表示

 縦書横書異常というのは、――と……とを、縦書して保存し、もう一度開くと、その部分だけ横書きになっているのだ。なお、その状態で印刷すると、ちゃんと縦書で印刷される。表示だけが異常なのである。だが、異常状態でPDF変換して印刷所に送れば、たぶん異常状態で(横書で)印刷されるだろうから、これを解決せねば印刷所に送れない。
 WORDで修正し(修正はできる)保存せずにそのままPDF変換すればできる。ただ、変換したものを読み直してみると、(110ページあるから)見落としが見つかる。PDF上では修正できないから、ふたたびWORD原稿を呼び出して修正することになる。すると、そのWORD原稿では……がまたまた横表示に戻っているので、それをまたひとつずつ直していかねばならない。
 そういうことを何度か繰り返してしまった。
 ネットで見ると、こういうケースは表示が閲覧モードになっている。この閲覧モードというやつはもともとなかったのを、Windowsがかってに自動更新して何の必要もないクソ機能を付け加えて、ユーザーを困らせてよろこんでいるのだそうだ。
 表示を印刷モードに戻せば解決すると書いてある。
 ところが、ところがである。ぼくのWORDの表示はちゃんと印刷モードになっている。なっていてこういう異常が発生するので直しようがないのだ。

 いろいろやってみた。
 最初、みんなの原稿に異常が発生した。といっても、ほとんどの人が、――や……をあまり使っていない。ひとりだけ(正しくはぼくとあと一人)多用する人がいて、その人はぼくどころじゃなく、1ページに10箇所くらい……が出てくる。しかも全部で19ページある。これがそのつど横書に変身する。
 ところが、ぼくの原稿を含めて、その多用する人以外の原稿は一度修正すると、保存して開き直してもちゃんと直っている。その人の原稿だけが絶望的で、何度直しても、保存して開き直すと、横書きに戻ってしまう。
 ひょっとすると、この人の原稿はUSBで受け取ったので、そういう命令がそのUSBを通して入ったのだろうか。

 という可能性もありそうなのだが、そもそも先日の大規模自動更新の後、あちこちおかしい。変換候補の表示が変わった。10になって以来少しずつおかしくなっていたが、今回とてもおかしい。アメリカ人の作る日本語ソフトを我々が使うのはもう無理なのじゃないか。

メール回復

 メールが回復したようなので、もう数日様子を見て、「樹宴」の増刷を発注する。印刷屋とのやりとりがメールになるので、これが不安なうちは発注できなかった。
 発注から完成本の受領まで一カ月以上かかるようなので、読者への発送はその先になります。

 メール回復の原因は結局よくわからない。障害の原因がわからないので、回復の原因もわからない。
 メール送受信の断絶と、プリンターの沈黙と、WORDの縦書横書異常の発生と、三つが連続して起こり、その間で、Windowsの自動更新がいつもより長くあり、ぼくが素人判断であれこれいじりまわして、わけの分からないことになってしまった。
 Yahoo Japan IDのパスワード再設定や、プリンターの削除と再インストール、それに再起動を繰り返し、配線を全部ばらしてやり直すことも繰り返し、といったことをやっているうちに、プリンターは動き出し、メールも何とか動いているようだ。
 縦書横書異常はたぶんまだ直っていない。これはいまから確認する。「まがね」の原稿分だけはなんとか直してPDF変換したが、たぶんまだ根治していない。

パソコンの不具合

 パソコンにいっぱい問題が出てきて、その解決にかかりきりになっている。ブログはどうやら生きているようだが、縦書原稿が文字化けしたり、メールの送受信ができなくなったり、はては一時プリンターが使えなくなった。
 どうもWindowsの自動更新機能に問題があるようだ。10になってから、WORDの漢字変換など以前よりずっと下手になったし、悪いことばかりだ。アメリカの技術者ももう駄目なんだろうか。
 というわけで、「まがね」の編集も危険いっぱいの感じでやっている。少し焦っている。
 ぼくのミステリーの解決編を載せた「樹宴」も出来上がっているのだが、当分増刷にかかれない。
 あしからず。お待ち願います。

パソコンメールトラブル

 パソコン用のメールにエラーが出て、送受信ともできなくなった。数日回復しようとつとめたがだめだ。いまのアドレスを廃棄して新たなアドレスを作れば回復するような気がするのだが、いま各方面の書類作成を急いでいるので、万一パソコンが使用不能になればお手上げで、一段落するまで、メールのことは考えない。
 ご用の方はこのブログのコメントを使ってください。このブログも同じメールアドレスを使っているから、いま生きているのが不思議で、コメントが受信できるかどうかも不明だが。ちょっと自分で入れてみる。
 記事もコメントも表示されたが、他のパソコン上で読めるのだろうか?
 メールフォームは使えないので消した。

「犯人は誰?」 矢嶋直武

 矢嶋さんが、ぼくの「スプーン一杯のふしあわせ」をじつに丁寧に読んでくださり、犯人当てに挑戦して下さった。深く感謝します。
 犯人名の当否に触れることは控えるが、かなり的確に作者の意図を察してくださっている。
 その上にさらに想像力で小説世界をふくらまして下さっており、作者としてはたいへんうれしい。
 今回筆者ご了解のもとにここに紹介する。

               犯人は誰?    矢嶋直武

 さて、これから犯人探しを始めるわけですが、石崎さんはぼくに「純粋に理論的にこうなるという解答です。文学としては何の意味もありません。単なる頭の体操です」とメールに書いてきた。待てよ、作者はなぜそんなことをわざわざ書いてきたのか。そこに作者のどんな意図があるのか。そこですぐさま思い浮かんだのが、土岐兵部の吐いたつぎの台詞だ。
<動機がわからねば犯人がわからないというわけでは必ずしもありません。殺す機会を持っていたのは誰なのか、その方程式から解いていく場合もありえます>
 これは兵部が「13号」のなかで岡田に喋った台詞だが、要するに<矢嶋さん、動機なんかから入ったらだめですよ。あくまでも「頭の体操」なんですから。いいですね、方程式、方程式ですよ>と、親切にも犯人探しを行ううえでの<ひとつのヒント>を与えてくれているということになるのだろうか。しかし、<理論的>とか<頭の体操>とか<方程式>とか言われると、実は、それらはぼくの最も苦手とするところなのだ。つまりは、例の<柱時計>のトリック、これが<方程式>に必須の要素となるということなのだろうか。ところが、<柱時計が遅れていた場合><正しく動いていた場合>、それらを表に書いて眺めているうちに、「数字に弱いぼくの頭」は混乱の極に達してしまった。つまり、未だに「植木算」のできないぼくにとっては<方程式>云々なんて、致命的なアドバイスなのだ。
 ええい! こうなったらもう<勘>でいくしかない。

 兵部の台詞、および作者からの助言に従って、とりあえず「動機」は後回しにしよう。それよりもまず<殺す機会を持っていたのは誰なのか>というところから入っていくことにする。もちろん、絵美の死が<他殺>であるということを前提として、まず、名前の挙がるのは以下の者たちである。
 ①絵美の夫、岡田。
 ②絵美の息子、誠。
 ③セールスマンの永見。
 ④隣人の桑原夫妻。
 この4人は絵美殺害の犯行時刻に、犯行現場周辺に居ることが可能だった人間たち、すなわち、<殺す機会を持っていた>人間たちである。
 ただし、それ以外の登場人物たち、具体的には絵美の両親である山口夫妻。岡田、絵美共通の友人である小野透。絵美の友人である井上(佐藤)みどり。それから、岡田の上司である森村課長。これらの人物に関しては、犯行時刻にどこにいたのかという、いわゆるアリバイに関する記述がない。したがって、実際には<殺す機会を持っていた>のか<いなかった>のかについて<不明>というほかはない。しかし、作者が彼らのそこ(アリバイ)に触れていないということは、作者自身、彼らを<対象外>と考えていたということだろう。
 さて、そうなると上に挙げた4人に犯人は絞られてくる。
(※何回も繰り返し読んだので<読み落とし>は無いと思うが、もし、この前提に誤りがあるとすれば、即ち、この4人以外にも犯行を犯す機会があったのだとするならば、これから述べる以下の推理は何の意味も持たなくなってしまう。ちなみに、この4人以外のところで言えば小野透がもっとも怪しいのだが、小野についてもアリバイに触れる記述は一切無かったと思う。したがって、彼もやはり<対象外>とするべきなのだろうと考えた)
 
 4人のうちでもっとも怪しい人物として描かれているのは岡田である。なにしろ、彼は自白までしているのだから。しかし、この種のドラマ(サスペンス劇場)においては、通常、<怪しい人物>として描かれている人物がそのまま<犯人>であったということはほとんどない。なぜなら、そこには<意外性>が担保できないからだ。しかし、そんな理由だけでは<根拠が弱い>と作者に一喝されるに違いない。そこで岡田を犯人と考えにくい理由をひとつ挙げておく。その理由は例の<塩入りコーヒー>である。この家の住人である岡田が<砂糖と塩を>間違えて入れるはずがない。一方、現場に誰か訪問者がいたというように見せかけるため、いわゆる「偽装工作」をするためにあえて呑みかけのコーヒーをそこに置いたという推理も成り立たないわけではない。事実、コーヒーはほとんど口をつけていない状態で置かれていたとあるのだから。しかし、そう考えた場合でも、わざわざ<塩味のコーヒー>にする必要はない。むろん、<外部からの訪問者>だからこそ、この家の事情を知らずに<塩入りポット>から誤ってそのまま入れてしまったのだと思わせるように、<手の込んだ偽装工作>をしたと推理することもできる。しかし、兵部が何度も言っているように、この犯行は<偶発的>な犯行であって<計画的>なものではない。兵部のこのことばをそのまま信じるならば、岡田がそこまで周到な<偽装工作>をしたとは考えにくい。それに何よりも、息子が隣の部屋に寝ている状況で妻を殺すことはできないだろう。(いやいや、それは余りに<文学的>な読みであって<頭の体操>には馴染まなかったか)

 次は、息子の誠である。誠にはアリバイがない。つまり、彼が殺ってないということを証明するものは何もない。柱時計が狂っていようがいまいが、この家にずっといたのは確かなのだから。しかし、彼以外の人間が誰もこの家に出入りしていないとするならば、テーブルの上に置かれたコーヒーの謎が解けなくなる。彼が一人でわざわざ塩入りコーヒーを作ったとも思えないし、まして絵美が自分で塩入りコーヒーを作ったとも思えない。

 3人目はセールスマンの永見であるが、彼はこの日岡田家を訪問していないと言っている。それを信じるならば彼は無実ということになる。しかし、彼のその主張を裏付ける根拠も傍証もない。しかも、<岡田家を飛ばした>理由を聞かれて、<なぜって・・・なぜだろう>と、その返答はきわめて曖昧である。そして、彼ならばコーヒーに誤って<塩を入れてしまう>ことも十分に考え得ることである。なぜなら、岡田家ではコーヒーに入れる砂糖の量は人さまざまだから客人に任せていたという証言もあり、自分で入れたとすればこの家の事情を知らぬ彼が<砂糖>のつもりで<塩>を入れてしまうことはむしろ自然でもある。一方、犯行後その足で桑原家を訪問するなんてあり得ないという台詞もあったが、それも一種のカモフラージュと考えられないこともない。また、犯行の行われた時間帯、彼はこの社宅にいたことは確かなことなのだから。

 最後に残ったのは隣室の桑原である。彼らならば、犯行時刻に現場に身を置くことは可能である。しかし、それ以外の根拠は何もない。実際、兵部も桑原家の住人に対してはまるで怪しんでいない。

 というようなわけで、いろいろ迷いはしたがぼくの推理は「永見犯人」説に落ち着く。そのうえで、以下、もろもろの問題に関する推理を申し述べる。
 まず、兵部が執拗にこだわっている<柱時計>の一件については、<時計は遅れていない>という立場を取る。なぜならば、冒頭のところで兵部は<六時>の鐘を聞く。そのとき兵部の時計も<六時>を指している。つまり、狂ってはいないのだ。
 そもそも、この柱時計の問題を持ち出したのは岡田である。では、なぜ岡田はこの時計に拘ったのか。それは<誠>が犯人として疑われることから<息子を護る>ためであり、そのために彼は<自白>もしたのである。そして、自分の犯行に整合性をもたせるために<四十五分>の遅れを持ち出したのである。そうしなければ自分の犯行は成立しないからである。しかし、<誠>に嫌疑が掛けられていないことを知るに及んで岡田は<自白>を翻した。なぜなら、もはや<誠>を護る必要がなくなったと判断したからである。そして、そうなれば<柱時計は遅れていた>という嘘もつく必要がなくなる。そこでまた<時計は正しかった>と前言を翻すこととなるのである。
 つぎに、スプーンの一件について。
 絵美はふだんセールスマンを家の中に入れるようなことはしない。しかし、この日はたまたま息子が家にいるということもあってつい気が緩んだのだろう、「コーヒーでも飲みませんか」と声を掛けてしまった。永見は初めてのことだから何の疑いもなくごく自然に<シュガーポット>から、それが塩だと知らずにひとさじ入れる。このときに永見が使ったスプーンはごくありふれたスプーン。飾りのついたスプーン(砂糖の入ったツボに入っているスプーン)は永見は使っていない。したがって、使っていない<飾りのついたスプーン>の指紋は拭き取っていない。だから、そこには<岡田の指紋>が付いたままになっていたのである。ついでながら、岡田が犯人であるならば自分の指紋だけ残しておくはずがない。永見は、コーヒーを淹れている絵美の後ろ姿を見た時からムラムラとした欲望を覚えていた。彼はこの家のなかに<誠>がいることなど気づいていない。永見はこれまでにもセールス先で<いい思い>をした経験がある。絵美は「魅力的な女」に見えた。たぶん、これまでの経験からいっても、絵美は「激しく拒絶するような女」には思えなかった。ところが、絵美は違っていた。永見の予想を裏切った。永見は<衝動的>に絵美を殺そうとする。なぜなら、「顔」をはっきり見られている。「面」が割れればそれまでである。花瓶の指紋はもちろん拭き取った。使ったスプーンの指紋も拭き取った。そのまま逃げずに桑原家を訪問したのは、「まさか、人殺しをした人間が隣りの家にセールスに入るはずがない」という<常識>を逆手に取った行為である。
「真犯人が取材のインタビュー」に答えたりしているというケースはしばしばあることである。そのほうが<怪しまれない>という永見なりの計算が働いていた。しかし、なかなか事態は思うようには展開していかない。不安になってきた永見は「当日、バイクが止まっていたのを見た」などというガセネタを兵部に語る。これも永見の<焦り>の表れである。ただ、「12号」の最終ページに<永見が発進したあと、一台の車が続いた。帰り道に見るとさっきの車がいなかった>という記述がある。これも永見に疑惑を持たせる伏線となる。14号でこれについても解明がなされるのではないか。

 さて、以上でぼくの推理はほぼ終わるのだが、残っているのは「嫌がらせ電話」のことだ。これは本当にあったとみるべきだろう。なぜなら、絵美が警察に相談に行っているのは確かなのだから。また、岡田がいきなり昼飯を食べに家に戻るのもそんなことと無関係ではないかもしれない。そのあたりに関しては兵部も推理しているのだが、おそらくこれに関しての兵部の推理は当たっていたと思う。したがって、ぼくは岡田がその日昼飯を食いに家に戻ったのは事実だと思っている。しかし、岡田はそのまま会社に戻っている。そのことは課長が証言している。つまり、永見は岡田とほぼ入れ違いに絵美の部屋を訪問していたのだ。絵美がセールスマンを不用意に家に招き入れたのも、その直前に岡田といさかいがあって気分がくしゃくしゃしていたからかもしれない。
 最後にもう一つ。作者がこの事件を「二十年前」のこととしているのはなぜか。これはどうしても解けない。松本清張の「天城越え」にこれを当てはめると、「<誠>は二十年前の<兵部>」ということになる。ただし、その場合は「<誠>が犯人」ということにならないと面白くない。しかし、この作品の場合、そうはならないだろう。
 

ふくやま文学合評会

 本日、無事終了。今年もたいへん面白かった。年に一度の贅沢な時間である。喋ってもよし、喋らなくてもよし、文学を議論する人たちの雰囲気が好きなのだ。
 年に一度だが、だんだん人となりがわかってくる楽しみもある。
 ここには何かがある。
 みなさん、ありがとう。

読書の日

 やっといろいろな仕事に一区切りつけて、久しぶりに読書した。なんとゆったりとした時間。読書だけで日々を送れるなら、何の不足もないだろうに。
 3月には手に入れていた「ふくやま文学」をやっと読んでいる。合評会は三日後だ。焦りもなくはなかったのだが、この三日間はほかの仕事をしなくてよいはずと思い切ることで、焦りを封印した。もっとも朝のうちに町内会の仕事を少ししたのだが、それできりが付いた。
 読みながら、小説の世界の豊かさを改めて感じている。どんな書き方でも出来る。一人一人まったく違う。それがそのまま、人生の多様性そのものであるようだ。

当分何も書けません

 ともかくめちゃくちゃに忙しい。ぼくは器用なたちじゃないので、切れ切れの時間ではなにもできない。ま、生きてます。充実しすぎています。

いろいろ

「樹宴」13号の製本が遅れている。「ふくやま文学」の合評会までに配布するつもりだったが、微妙になってきた。
「まがね」原稿のタイピングも想定外に手間取っている。印刷所のように原稿どおりにタイプするのなら簡単だが、不具合個所が目に付くので、放置できない。著者校正にまかせるのが本来だろうが、いままでの例から言うと、著者校正では直らないことが多い。他人の原稿とはいえ、読者から指摘されるようなことを編集者として放置したくない。
 でも著者の好みの問題もあり、見解の相違でもありうるから、勝手には直せない。そこでいろいろ手間がかかる。
 そうこうするうちに早や4月である。町内会の仕事がまた押し寄せてきた。
 私事もいろいろ、4月は忙しい。

日々是好日

 町内会が一段落して、気分転換に「まがね」用に来た原稿のタイピングと編集作業にかかっている。これもいつまでも気分転換ではなく、そろそろ本格的にかからねばならないのだが、いまのところ、逃避的にやっている感じ。というのが、町内会一段落とはいえ、新年度がスタートするので、その準備にもかからねばならないのだ。でも適当に気分転換しながらやっていかねばとてもやっていられない。「ふくやま文学」もまったく読めていない。これも来月末には合評会だ。焦るとかえって何もやれなくなるので、何も考えないようにして、とりあえずやりたいことからやっていく感じである。
 ぼく自身の「まがね」用原稿は一応準備してあるが、修正箇所がかなりある。まあ、これはそのうち気が向いたらやる。

近況

 ネット世界にすっかりご無沙汰になってしまったけれど、また当分書けないだろう。町内会総会は明後日で終わるが、ともかくなにも読むひまがなかったので、書く材料がない。この齢になってこんな忙しい体になるとは思っていなかった。まあ、しかしこれも人生最後の経験だ。しんどいけれど、面白い。かな? まあいいじゃないですか、人生いろいろ、誰かさんじゃあないけど。

「樹宴」「ふくやま文学」

「樹宴13号」
 K氏よりPDFの提供を受けて印刷所に増刷を注文した。期の替わり目とぶつかったので注文が殺到しているらしく、一か月かかる。先月末に発注したので、今月末には来る。来たらまたいつものみなさんへは送ります。

「ふくやま文学30号」
 10冊入手しましたが、子供たちに一冊ずつ、まがねメンバー用に五冊、あと某氏に一冊あげて終わりです。
 読んでくださる方は事務局あてに注文してくださるようにお願いします。
 じつはぼく自身、まだ読めていません。でも、中山茅集子の歴史小説に少し目を通しました。91歳、これが最後の作品とおっしゃっています。福山が生んだ漢学者菅茶山を取り上げての力作です。
 是非お読みくださるようお勧めします。

 226ページ 美装 表紙絵は開原通人
 定価500円 送料180円 以下にお申し込みください。
 〒721-0971 福山市蔵王町3197-3 大河内喜美子

町内会

 生まれて初めて会計帳簿というものを目にした。何が何だかわからず、ずいぶん考えた。そろばんはおろか、計算機さえ手にしたことがなかった。こんな面倒な仕事をトオも年上の高校の先輩に、一年間まかせきりだったのか、恐縮です。
 会計係と副会長と、三人がかりで何度も計算し直して決算書を作り上げ、無事会計検査もとおり、来年度の予算を組み上げ、総会資料を完成させ、規約改正案を作り、150部印刷して、配布を終わった。
 来週は総会進行用のレジュメと、受付名簿を作って、いよいよ25日の本番に臨む。
 これで万事終わり、ならよいのだけど、もう一年ある。しかもこの一年一緒にやってきた役員たちは一人を残して全員交代、また知らない人たちとの一年間が始まる。ま、この齢だから、もう怖いものは何もないけど。
 つくづく感じるのは、日本社会にすっかり定着した民主主義というものだ。民主主義とは形式だ。形式を守ること、形式を守ることにみんなが合意すること、これが何より大事だ。これがないがしろになれば、民主主義は崩れ去る。いまの日本人はすでにその訓練を積んできている。形式を破るものがあれば黙っていない。
 そしてそれも、もとからあったのではない。町内の長老たちの話を聞けば、民主主義を定着させるために彼らの闘ってきた軌跡がわかる。民主主義は闘い取られたのだ。
 以上、近況報告でした。

近畿財務局のスミスさんたちへ

 現実にあったオーウェル「真理省」 鈴木 稔  (朝日川柳)

 川柳作家たちがその日のニュースをその日に詠んでしまう素早さ、しかも巧みにユーモアに仕立てあげながら、事の本質を見失っていない、そのすごさのうえに古典の素養もしっかりしているので感心してしまう。
 ジョージ・オーウェルが1948年に書いた「1984年」の政府には4つしか役所がない。真理省、平和省、愛情省、豊富省の四つである。これらの省の名称は引っ繰り返せば正しく実体を表す。真理省は嘘を作り出し、平和省は戦争し、愛情省は反抗するものを罰し、豊富省は国民を貧しいままにとどめおく
 主人公ウィンストン・スミスは真理省の役人である。彼の仕事は日々変化していく公式発表に合わせて公文書を作り替えていくことだ。否、公文書だけでは間に合わない。発行済みのすべての文書を回収して取り替えるのだが、とりあえずスミスの仕事は書き換えである。ほかのすべてと齟齬を来たさないように書き換えねばならず、技術がいる。スミスはこの仕事のベテランなのだ。
 近畿財務局のスミスさんたち、ご苦労様でした。スミスのような悲惨な目に合わないように用心してください。(すでに一人自殺者を出していますが)

フィリップ・マーロウ

 もともと物覚えが悪いが、最近は人の名前が絶望的なほどに出てこない。
 レイモンド・チャンドラーの探偵の名前は何だったか、すぐ浮かぶはずの名前が影すら浮かばない。まいったなあ、と思っていたら、マルローという名前がどこからかやってきた。そうだ、アンドレ・マルローだと思って、あれれ? それは人間の条件じゃないか、でもそんな名前だったような気もする。すると突然フィリップという名前がやってきた。そうだ、フィリップ・マーロウだ、やっと、思い出した。
 そのあと、マルロー、マーロウとつぶやいてみて、なんだ、これは同じ苗字じゃないか、同じ苗字の英語読みとフランス語読みだと初めて気づいた。チャンドラーの主人公がアンドレ・マルロ-と同じ苗字だなんて今まで考えたこともなかった。
 ことのきっかけは村上春樹だった。春樹が最近しきりにチャンドラーを翻訳し、その広告が新聞の下のほうに載る。いやでも目に付くらしく、ある人が、「チャンドラーってどんな人?」ときいてきた。「ハードボイルドの作家だよ。タフでなければ生きていけない、やさしくなければ生きている資格がない。その乾いた文体に影響を受けてカミュが書いたのが異邦人じゃないか。春樹も明らかに影響を受けている。ぼくは可愛い女と長いお別れを読んだが、筋書きは忘れた」と答えたあと探偵の名前を言おうとしたら出てこなかったというわけだ。
 じつは前段の話があって、スーパーでバーボンを探した。春樹や東野圭吾の主人公がよくバーボンを飲む。それはまたハードボイルドの探偵が引き出しに忍ばせているウィスキーでもある。前からそれが気になっていた。ところがなかなか見つからない。ぼくはバーボンをニッカやサントリーのようなメーカー名だと勘違いしていた。スーパーの張り紙に書いてあるのはメーカー名なので、バーボンはない。バーボンはスコッチのような産地名なのだ。ケンタッキーで醸造されるウィスキーで、メーカーは数社ある。
 そのなかでジム・ビームがいちばん安かったので、それを買ってきた。口に含むと、なんとも臭い。醸造所が火事にあって、樽が焦げた。その焦げ味がウィスキーに移った。その風味を売りにしているのがジム・ビームなんだそうだ。
 というのは余談で、バーボンの解説を読んでいたら、バーボンとはブルボン、ブルボン王朝なのだ。アメリカの独立戦争のとき、フランス軍が援助に海を越えてやってきた。それに感謝して、ジェファーソンがケンタッキーの郡のひとつをブルボン郡=バーボン郡と名付けた。その郡がバーボンの発祥地である。
 聞けばなるほどなのだが、外国名をカタカナでしか受け取ろうとしていないので聞くまで気づかない。マルローとマーロウに気づいたのが、たまたまブルボンとバーボンを知って間なしだったので、(それがまたたまたまどちらもハードボイルド関係で)、ちょっとおもしろかった。(そんなこと当たり前でしょ、という人にはまったく面白くない話でした)。
 ちょっと追加。
「R」をアメリカ人が「―」と発音し、フランス人が「ル」と発音するというのは、カタカナで書いてみればということなので、実際に耳にすると、我々の理解する「―」や「ル」とはまるでちがう。カタカナでは書けない音だから、まあ似通った音で間に合わせるわけだ。(もっとも、ぼくは耳が悪いのでほとんど何も聴きとれはしないのだが)

「分断と共同」再々論

 この作品を読んでいない人に誤解を与えると困るので、念のためにもう一度書くが、面白い小説なのである。作者の主張も基本的に同意できるのだ。
 おもしろいという点で言うと、(ヒントになった事実があったのかもしれないが)基本的にフィクション性の高い小説であるように感じられる。それがかなり読者を納得させる内容となっている。
 左翼系の週刊誌の若い女性記者だとか、その同僚、定年後も大学で教えている昔左翼の父親、そして人権活動家のセレブ女性、こういった人物をうまく描写している。モデルがいるのかいないのかわからないが、こういう描写は簡単ではない。下手をすると作り物になる。作者はうまく描いている。
 この作者は何年か前、「民主文学」の新人賞佳作になったが、それは醤油工場を書いた作品で、携帯電話が出てくるのに、描かれた状景は半世紀むかしを思わせる内容で、いかにもアンバランスであった。だから、今回の作品には驚いたのだ。現代が描けている。
 文章は整いすぎていて、小説向きではないような感じがしたが、それも内容に引き込まれて読んでいくと気にならない。
 女性記者が三鷹事件の現場を歩く場面などは、作者が実際に歩いてみて書いたのだろう。松本清張への疑問を暗示してそれ以上突っ込んでいないのだが、好奇心をそそられる。

 ぼくが違和感を持ったのは、何回も上げた二つのセリフで、それは繰り返さない。
 権力の側からの「分断」がなかったとは言わない。小泉政権下で繰り広げられた公務員叩きは典型的なものだった。それは民主党も維新もやった。悪いのは公務員と教員だというキャンペーンが繰り広げられた。また連合が(それはもともと実質的に会社側の組織なのだが)、組合というものへの国民の一種の反感を抱かせる役割も果たしたように思う。
 さまざまな現場での思想的閉め出し、締め付けは現実に広範にある。だんだんひどくなっているのもそうだろう。だが、そこに権力の組織的な力が働いているのか、というと疑問がある。むしろ例の「忖度」で現場が自主的にやっていることも多いだろう。
 そういったことを含めて、社会に同調圧力が強く働いており、みんな仲良くしようじゃないか、という感じで異論を排していく、それを「分断」と呼べば分断なのだが、社会の保守的な側から言うと、左翼が「分断」を持ち込んでいるじゃないかと映る。

 同調と分断が表裏一体の関係にある。作者は分断の側から見、ぼくは同調の側から見た、ということなのだろう。
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